東京でサラリーマンになること=ゲームオーバー
東京でサラリーマンになることほどつまらない人生はない。もう少し詳しくいうと、東京にある大企業の総合職ホワイトカラー、中央官僚に公務員として就職することだ。

会社とコンビにセブンイレブン♪
サラリーマンの1日。
— ガラニート (@GalaNEET) 2018年3月30日
・痛勤電車に乗る
・打ち合わせのための打ち合わせの打ち合わせ(笑)
・無駄に長〜い眠い会議
・新幹線に乗って出張
・同僚と飲みにいく
・メール返信
・書類作成
・FAX送信
・忖度
・ハンコ押す
7時に家出て、23時に帰宅するまでこれの繰り返し。会社とコンビにセブンイレブン。
プログラミング演習の例題にいいかも。(笑)
- 「Shachikuクラスを作って、new演算子でSararymanインスタンスを作って……」
- 「Shachikuクラスを継承して、SuperShachikuクラスを作って……」
- 「中央官庁のキャリアなら天下りが必要だから……」
- 「先生!! エラーが発生しました」
嗚呼、サラリーマン=社畜人生。
サラリーマンはつまらない
サラリーマンになっても、やりたい仕事に就かせてもらえる保証もなく、20代の間は、偉そうな社畜上司の下で、下働きしかさせてもらえない。仕事らしい仕事をさせてもらえるのは30代になってから。卒業から10年も経つと、学生時代に習ったことの多くはすっかり忘れてしまっている。40代でぽつぽつと昇進できる人がでてくる。
最近よく考えるのが「老いる」ということ。若いころ想像していた「老いる」というのは「いままで出来たことができなくなっていく」というものだった。でも実際には少し違う部分があった。「出来なくなる」以前に「したくなくなる」「興味がなくなる」「どうでもよくなる」という感覚がある。
— 結城浩 (@hyuki) 2014年1月10日
引用したツイートにあるように、歳を取ると、身体的な衰えだけでなく、新しいことに挑戦しようとする意欲が失われてくるのだろう。つまり、覇気がなくなって、変化よりも現状維持を好むようになる。年功序列の見本とも言える官の常套句が「前例がない」になっている理由が分かる。
詰まるところ、若者らしい覇気があふれている時期は、下働きのような仕事しかさせてもらえない。歳を取ってそれなりの権限がある地位になった時には、若かりし頃の覇気はすっかり消え失せている。気が付いたら、若手の社員にダメ出しばかりしているおっさんになった自分がいる。
嗚呼、サラリーマン=社畜人生。
サラリーマンは幸せそうに見えない
「たとえ仕事がつまらなくても、幸せだったらそれでいいじゃないか?」という声がある。これはもっともだが、実際、サラリーマンを見ていても、これっぽっちも幸せそうには見えない。(東京圏に住む既婚男性の2人に1人は自宅に居場所がない自宅難民とのこと*1)
朝ラッシュの通勤電車のサラリーマンを見ていると、みんな口をへの字に結び、重苦しい雰囲気が漂っている。深夜の下り電車だと、言葉では言い表せない疲弊感が漂ってくる。誰も声を発さず、車内アナウンスと電車の走行音だけがこだまする。故スティーブ・ジョブズの言葉を借りれば、海岸を埋め尽くす死んだ魚のようにみえる。実際、死んだような目をしている。

この朝ラッシュの電車の雰囲気は私もほぼ毎朝経験した。ただ、1時間目の授業がない時は約90分遅く出られるため、9時台の電車に乗ることになる。まだ混んでいるものの、7・8時台の雰囲気がまったく違ったことを記憶している。
それにしても、駅の発車メロディだけは何年たっても忘れられない。通勤時のイライラを少しでも解消するためにとのことだが、メルヘンチックな音楽と、現実社会のギャップが大きすぎる。
♪チャラチャラチャラチャラ、チャラチャラチャラチャラ、チャラチャラチャチャチャチャチャ♪……4番線、ドアが閉まります……ピンポン、ピンポン。……この電車は……。
サラリーマンは、本当は幸せでもないのに、「やりがい」という幻想に洗脳されて、今日もつまらない仕事で消耗しているのであろう。
嗚呼、サラリーマン=社畜人生。
サラリーマンは未来がない
「大企業のサラリーマンや公務員は安定している」とよく言われる。安全神話ならぬ安定神話はとっくに崩壊している。日本という国そのものが未来がないオワコン国家なのだから。
日本の衰退っぷりがひと目でわかるGIFがこれ 冗談抜きでヤバいぞhttps://t.co/aXDuOVW7av
— sakamobi (@sakamobi) 2017年7月2日
変わったのはアジア域内だけで本当に日本「だけ」がはっきり縮小してる。その他の地域のバランスは域内でも安定というのは面白い発見だ。 pic.twitter.com/Lz2Pvxjg0U
高度経済成長期であれば、昨日よりも今日、今日よりも明日と日々経済が発展していくのを実感できた。今日の日本で、日々耳にするニュースは「人口減少」「自治体消滅」「介護殺人」といった気が重くなるようなものばかりだ。私が言うまでもなく、日本はオワコンである。多くの日本人が薄々感づいているからこそ、愛国ポルノ(という名の日本賞賛番組)が流行るのだろう。
② 1986年の入社式と較べた写真。クローンのようでなく自由な感じです。
— 猪瀬直樹/inosenaoki (@inosenaoki) 2017年6月6日
日本は上からの指示に従順な「タテ社会」とされてきたが、周囲から浮かないよう互いに監視し合う奇妙な「ヨコ社会」になっているのかもしれない。足を引っ張り合う、不寛容な平等社会。 pic.twitter.com/x3fKZRVPPG
ヤフーニュースのコメント欄や2ch掲示板に匿名でゴミみたいな投稿を繰り返したり、Twitterの匿名アカウントでクソリプを飛ばしている層におっさんが多い*2のも納得する。連日連夜の激務、家庭では妻子には蔑ろにされ自宅難民状態だったら、ネットで発散したくなる気持ちも分かる。
嗚呼、サラリーマン=社畜人生。
えっ!? これから東京で消耗するつもりなの?
昨日(2018年4月1日)は日曜日だったので、今日は、多くの企業で入社式(という名の奴隷になるための洗脳式)が執り行われたことだろう。
- サラリーマンの人は今すぐ辞表を提出しよう
- サラリーマン目指して就活中の人はESを破り捨てよう
- 内定もらっている人は今すぐに内定辞退の電話を入れよう
これは、エイプリルフールのジョークではなく、本気で言っている。
あなたは若くて優秀なのだから、『サラリーマンin東京』というオワコンのバグだらけの鬼畜難易度のクソゲーでゲームオーバーになる必要はない。頭が中世で思考停止している日本という衰退途上国で奴隷になる必要はどこにもない。
自分の人生を生きよう (これを言うの何度目だろう??)

- 作者: 吉野源三郎,羽賀翔一
- 出版社/メーカー: マガジンハウス
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東京でサラリーマンになりました
今日(2018年4月1日)から、私は東京でサラリーマンとして就職することになった。それに伴い、ブログ名も『だから僕は海外に出る、さあ君も』から『だから僕はサラリーマンになる、さあ君も』に、ニックネームを「ガラニート」から「ガラリーマン」に変更した。

サラリーマンとして生きていくための7つの心得
私がサラリーマン人生をスタートするのに伴い、「サラリーマンとして生きていくために必要不可欠な7つの心得」を書いてみようと思う。
① サラリーマンのお陰で今の日本があることを忘れるな
今の日本があるのはサラリーマンのお陰である。日本人が多くの国でビザ無しで海外旅行をしたり、当たり前のように豊かな生活を享受できたりするのは、高度経済成長期に一心不乱に働いたサラリーマンのお陰である。高度経済成長期に活躍したサラリーマンは、第一線から退きつつあるが、私たちは彼らの意志を継いで、次世代へとつなげていかなければならない。
② いかなる場合も仕事を優先せよ
会社は一人の力で回っているわけではない。非常に大勢の社員が協力しあって回っている。 その中の一人が「しんどい」「だるい」と自分勝手に休んだり、残業を拒んだりしたらどうなるだろうか? 歯車が一個でもかければ、どんな巨大な装置も正常に機能しない。それと同じである。「台風が来た」「熱がある」「だるい」などと言って、仕事を優先できない人間は、社会人としての自覚が足りない。社会人たるもの、いかなる場合も仕事を優先して当然である。
③ 苦労することで人間として成長できることを忘れるな
人間は苦労することで成長できる。最近の若者は温室育ちなので、苦労をすることを知らない。草食系か何だか知らないが、とにかく最近の若者は根性がない。「若い時の苦労は買ってでもせよ」とよく言われるが、これはその通りであろう。企業の新人研修では、自衛隊に体験入隊させたり、お寺で修行させたり、素手でトイレ掃除させたりするケースがあるようだが、私は全面的に支持する。給料をもらって苦労をさせてもらえるのだから、会社に感謝すべきだ。
④「やりがい」こそがすべての源と思え
仕事はつらいことも少なくない。そんなつらさを乗り越えるためのカンフル剤とも言えるのが「やりがい」だ。やりがいさえ感じれば、どんな辛いことでも乗り越えることができる。やりがいを感じているからこそ、つらさを乗り越えたときの喜びもひとしおだ。どんな仕事にでも、やりがいは必ず存在する。
⑤「仕事=人生」だということを忘れるな
仕事=人生である。1日の実労働時間を8時間だが、残業時間や前後の通勤時間を含めると、12時間近くになる。また、22歳で就職して、65歳で定年退職するまで43年間会社勤めをするとなると、日本人の平均寿命84歳の約半分に相当する。つまり、人生の半分は仕事なのだ。残りの半分も、入浴、食事や睡眠など人間生活に欠かせないことに費やされることを考えると、「人生=仕事」だ。そのことを忘れるべきではない。
⑥ サラリーマンであることを誇りに思え
サラリーマンとなったあなたは、もはやただの人間ではない。「企業戦士」という名の立派な戦士なのだ。かつて、中世の騎士たちは、鎧をまとい、剣を持ち、愛する祖国のために命を賭けて戦った。鏡を見てみると良い。あなたが着ているスーツのネクタイは、まるで剣のように見えるのではないだろうか。その剣のようなネクタイこそが「戦士の証」である。現代の戦士であるサラリーマンとして戦えることを誇りに思うべきだ。
⑦ 会社に忠誠を誓え
最後は、サラリーマンとして一番大切なことだ。それは、いかなる場合も、あなたを雇ってくださっている偉大なる会社様に忠誠を誓うことである。会社の命令・判断・方針はいつ・いかなる場合においても絶対だ。会社の命令であれば、たとえ法律に反しようが、自分に良心に反しようが従わなければならない。また、的確な指示がなくても、会社の意向を忖度して、「指示無き指示」に従えるようにならなければならない。明確な指示があるまで動かない人間は、「指示待ち人間」と非難されるであろう。
上から「公文書を書き換えろ」と言われれば書き換えなければならない。仮に証人として呼ばれても、上の意向を忖度して、うまく証言を拒否しなければならない。
あなたは「スーパーサラリーマン」になれる
ここまでサラリーマンとして生きていくための「7つの心得」を書いてみた。サラリーマンがこれら7つの心得をすべてを完全に兼ね備えれば、どうなるのだろうか?──「スーパーサラリーマン」になることができるのだ。
出だしのサラリーマンは「社畜」と嘲笑気味に呼ばれることがあるが、スーパーサラリーマンとなった暁には、「神畜」として称えられる。さらに修行を積めば、「スーパーサラリーマンゴッド」という神の力が宿ったサラリーマンになることができる。
あなたが忠誠を誓う会社、そんな会社を取り巻く社会こそが「日本」という国だ。この日本という国は「神の国」である。このことは、大辞林にも載っているし、内閣総理大臣だった人も認めている。さらに世界中の人たちが神の国・日本に熱狂している。目を輝かせながら、「日本SUGEEEEEEEEEEEE!!!!」という外国人を毎週のようにテレビで見かけたことがあるだろう。
世界に目を向けると、仕事を求めながらも、なかなか仕事に就けない人が少なくない。そんな中、世界中の人々が憧れる日本、そんな日本の首都・東京でサラリーマンとして働けることを光栄に思うべきだ。
*
今日は4月1日──エイプリルフ……ァーストである。新年度の始まりは、何かすがすがしい気持ちになる。これからは、「会社ファースト」で精進していきたい。

- 作者: 早坂隆
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
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さらば日本!また合う日まで!!─オラ、海外さ行ぐだ
演歌歌手・吉幾三さんの出世作となった『俺ら東京さ行ぐだ』という歌がある。出身の青森県北津軽郡金木町の田舎ぶりをオーバーに歌った自虐ソングだ。発表されたのは1984年だが、吉さんが上京した1968年当時の「なんにもない」ふるさとを歌った曲である。
「俺ら東京さ行ぐだ」の替え歌はかなり作られているが、私も作ってみた。(元の曲を聴きながらどうぞ)
俺ら海外さ行ぐだ
自由も無エ 民主も無エ (「自由民主党」のどこが自由? どこが民主?)
経済もそれほど回って無エ (失われた10年は、20年から30年に)
嫁も無エ 子供も無エ (3人に1人が生涯未婚)
ネットで 毎日ぐーぐぐる (ググる)
朝起ぎて スマホ持ち (4人に3人がスマホ所有者)
二時間ちょっとの痛勤電車 (2時間はさすがにないか……。すし詰めなのは相変わらず)
彼女も無エ 親友も無エ (リア充爆発しろー)
クソリプは一日山と来る (勘弁してよ)
俺らこんな村社会いやだ
俺らこんな村社会いやだ
海外へ出るだ
海外へ出だなら 銭コア貯めで (円安なのでいっぱいいるね)
海外で大学出るだ (これからはアジアが熱い)
定時も無エ 有給も無エ (定時退社? 有給?)
生まれてこのかた 見だごとア無エ (そんなものは都市伝説)
年金も無エ 保険も無エ (年金もらえるの?)
まったぐ若者ア 俺一人 (高齢化社会だよね。2030年は3人に1人が高齢者)
あんちゃんと ねえちゃんと (最近は若い人も保守化)
スマホ握って自民に入れる (あんな政党のどこがいいのだろう?)
ゆとりも無エ 寛容も無エ (吹き荒れる自己責任論と弱者叩き)
たまに来るのはヘイトデモ (愛国のつもりだろうが日本の恥)
俺らこんな村社会いやだ
俺らこんな村社会いやだ
海外へ出るだ
海外へ出だなら 大学出て (そのまま大学院進学もあり)
海外で仕事 見つけるだ (日本のシューカツはバカバカしいしね)
残業代も無エ ボーナスも無エ (非正規ばかり)
ワークライフバランスは何者だ (日本にとってはくせ者)
労基法はあるけれど (憲法もあることはあるけど)
守る企業を見だごとが無エ (ブラック企業だらけ)
カネ無エ ヒマも無エ たまに来るのは請求書 (貧乏暇無し大変だ〜)
未来無エ ある訳無エ 俺らの村には覇気が無エ (日本自体が老いている)
俺らこんな村社会いやだ
俺らこんな村社会いやだ
海外へ出るだ
海外へ出だなら 仕事見つけて (しっかりスキル身につけて)
海外で嫁 見つけるだ (日本から連れて行くのもあり)
俺らこんな村社会いやだ
俺らこんな村社会いやだ
海外へ出るだ
海外へ出たなら 永住権取って (国によるけど3〜5年ぐらいで取得可能)
海外で幸せ 見つけるだ (自分の幸せだけでなく、次の世代の幸せもね)
東京はもはや憧れの街でも何でもない
東京への人口流入は相変わらず続いている。しかし、その流れも2025年で止まると予想されている。東京は相変わらずキラキラしているが、そんなものに惑わされてはならない。東京に行ったところで、「飛んで灯に入る夏の虫」になることは目に見えている。
ここまで書いていると、一昨年(2016年)夏に公開され、大ヒットした映画『君の名は。』を思い出した。作中では、東京に憧れている17歳の女子高生と、東京に住む男子高校生の夢の中で入れ替わるというストーリーだ。
もし、入れ替わったのが高校生同士ではなく、社会人同士だったらどういう展開になっていただろうか?
- 三葉(in瀧君) 「毎晩毎晩残業いややー」
- 瀧君(in三葉) 「女ってこんなに差別されてたのかよ……」
といことになることは請負だ。
入れ替わったのが、日本人と外国人だとしたら、外国人にとっては、完全な悪夢となりそうだ。
東京は世界有数の大都市だが、決して国際都市ではない。しょせんは巨大な村に過ぎない。そこに住む人たちのメンタリティーは封建的な村社会そのものだ。もちろん、「損得抜きで東京が好きだ」「東京の大学に進学する」「仲間と起業する」のような明確な理由があれば別だが、そうでなければ日本(特に東京)にとどまる理由はどこにもない。
日本自体が憧れの国ではない
ブログで幾度となく取り上げてきたことだが、日本は、労働環境も、子育て環境も、研究開発環境も、教育環境もお世辞にも優れているとはいえない。今後も改悪はされど改善される見通しはない。
日本を牛耳っているおっさんたちは、自分たちの保身のことで頭がいっぱいで、若者のことはこれっぽっちも考えていない。何か問題が発生しても、トカゲの尻尾切りで事を収めようとする。そんな国に未来はない。極東の貧乏国として没落していくのがオチだ。
あなたは若くて優秀な人間だ。こんなゲゲゲなオワコン国家で貴重な若き日々を消耗し、優秀な能力を飼い殺しにされる必要はどこにもない。
かつて地方に住む人たちが集団就職列車で上京したように、今こそ日本という村社会を後にするときだ。
世界に飛び出そう。あなたを必要とする人は必ずいる。
大海を知らない井の中の蛙から、大空を自由に駆け巡る渡り鳥になろうじゃないか。
いつの日か、「こんな村社会イヤだ─俺ら海外さ行ぐだ」が、遠い過去の笑い話になる日を信じて……。

*
冒頭のリンク先記事は、「田舎には田舎の、都会には都会の良さがある」で閉じられていた。──しかし、今の時代に「村社会」に良さなんてない。なぜなら、民主主義と村社会は両立しないからだ。中世日本の安倍晋三酋長をその座から降ろし、さらに自民党という明治の亡霊を成仏させない限り、村社会から市民社会への脱皮はできないだろう。
先週末(2018年3月24日)、フロリダの銃乱射事件を受けて、全米で銃規制を訴える大規模なデモ*1が行われた。日本みたいな為政者の隠蔽と有権者の無関心がはびこる村社会*2出身の身からすると、民主主義が成熟している市民社会がすごく羨ましく思う。まるで東京に憧れる地方民のように。

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仕事に「やりがい」を感じるのは結構、しかしそれを押しつけるな
「仕事=人生」「仕事にやりがいを感じる」「仕事を通じて自己実現しなければならない」──それらは大いに結構なことだ。しかし、あなたがそう感じていても、あなたの周りの人間が同じように感じているかどうかは分からない。だから、そういった「やりがい」を押しつけるべきではない。
「やりがい」を感じるかどうかなんて主観的なもの
仕事に対してやりがいを覚えたり、楽しく感じたりする……これはものすごく主観的なものである。
私は、ゲームに似ていると思う。
今は下火だが、一昨年(2016年)夏に「ポケモンGO」が世界中で大ブームになったことは記憶に新しい。街をウロウロして、卵を孵化させたり、経験値を稼いだりするプレーヤーが続出した。時には、レアポケモンを手に入れるためだけに遠出するプレイヤーもいたほどだ。ポケモンGOに興味が無い人からすれば、「いい歳こいた大人がポケモンポケモンってバカみたい」と思った人もいるだろう。
ポケモンGOに限らず、「ドラクエ」「FF」などのRPGでも当てはまる。キャラクターを強くするためには、何度も何度もザコ敵と戦っては経験値とギルやゴールドを稼がなければならない。HPが少なくなってきたらアイテムを使ったり、街に戻ったりして回復させるということの繰り返しだ。プレーヤーからすれば、それもゲームの楽しみの1つだが、ゲームに興味がない人から見れば、単純作業に他ならない。
仕事もそれと同じだ。「人それぞれ」という言い方は身も蓋もないのだが、仕事にやりがいを感じるかどうかは本来人それぞれであるはずだ。
社畜が「毎日お仕事お仕事、楽しいな♪ 今日もサービスサービス♪」と思っていても、社畜の同僚や部下までがそう感じているとは限らない。もしかしたら、「こんな会社嫌やぁ。でも、今のご時世では転職成功させる自信もあれへんし。あ〜あ、はよ終わってくれへんかいなぁ」と思っているかも知れないのだ。
仕事が楽しいかどうかは立場に大きく依存する
堀江貴文さんのサイト「ホリエモンドットコム」のページ最上部のタイトル下には、「働くって楽しい。働くって素晴らしい」と書かれている。この気持ちはよく理解できる。
仕事が楽しいと感じるのは、以下に挙げる項目のうち、複数に当てはまっている時だ。
- 自分が好きなことを仕事にしている
- 経営者や管理職などの権限が多い立場にある
- 一緒に働く仲間(同僚・上司)と非常に馬が合っている
- 順風満帆に物事が運んでいる
特に、経営者や管理職などの裁量が大きい立場にいるほど仕事にやりがいを感じる。逆に、ホワイトカラーであれ、ブルーカラーであれ、裁量が小さい立場にいるほど、仕事はルーチンワーク化し、やりがいは感じにくくなる。
私も、自分の(ウェブの)ためのアプリを開発している時は、「どういう機能を追加しようか」「デザインはどうしよう」と考えが目まぐるしく頭を駆け回り、「進捗状況は80%といったところか……。あとちょっとだな」と楽しめる。ところが、仕事として、他人のためのシステムを開発しているときは、そういうことはほとんど感じられなかった。
「やりがい」を劣悪な労働条件を押しつける免罪符にしてはならない
以前に、「労働条件よりも、まずやりがいを訊いてほしい」という記事があった。
これは、典型的な「やりがいの押しつけ」である。こういう風潮が社会全体に広がってくると、本当はやりがいを感じていないにも関わらず、「仕事はやりがいがあることだ」「仕事を通して自己実現しなければならない」などと信じ込む人が出てくる。「労働教」というカルト宗教の完成である。さらに、日本特有の同調圧力も加わって、労働教を否定する人間は徹底的に迫害される。
搾取する側から見れば、これほど都合が良いことはない。なぜなら、劣悪な労働環境を押しつける免罪符にできるからだ。
その結果、
- 「この仕事はやりがいがあるから、賃金が安くてもいいだろ?」
- 「やりがいがあるだろ? 楽しいだろ? 残業しろよ!」
- 「自己実現できるのだから、たかが残業代ぐらいでグタグタ言うな!」
- 「労働条件? そんなこと言っているのはお前だけだぞ!」
ということがまかり通ってくる。これこそが「やりがい搾取」である。
2020年東京五輪、高度な専門知識を有する人をボランティアとして無償で働かせようとする事案があり、ブラックだと批判が上がった*1。「オリンピックは世界最大の平和の祭典だぞ。一生に一度だぞ。やりがいあるぞ。やりがいがあるのだから、賃金いらないだろ?」と言わんばかりの手法は、まさに「やりがい搾取」の見本だ。「嫌だったら応募しなければいいだろう」というのはもっともだが、そこからは、高度な専門知識や技能を有する人へのリスペクトは微塵も感じられない。

働くこと=商取引、「やりがい」なんて二の次
前回の記事でも書いたが、「働く」とは、人生そのものでも自己実現の手段でもなく、労働契約に基づいて役務を提供し、賃金をその対価として受け取る商取引に過ぎない。やりがいなんて二の次だ。そんなやりがいを前面に押し出したやりがいの押しつけは、やりがい搾取へとつながり、生産性を向上させたり、労働環境を改善したりすることへの足かせとなる。
人が仕事にやりがいを感じるのはその人の自由だが、それをさも当たり前のように押しつけるのは「大きなお世話」である。社畜の「やりがい」なんて「やり害」でしかない。「やりがい!? そんなものいらないから有給くれ」と言いたくなる。
ドラえもんの秘密道具の中に「そうなる貝セット」があって、その中の「やり貝」という貝殻を付けると、メキメキとやりがいを感じるようになって宿題がすらすら終わったというエピソードがあったが、社畜はいい加減に「やり貝」「サビ残しよう貝」から貝外脱出したらと思う。

仕事なんか生きがいにするな 生きる意味を再び考える (幻冬舎新書)
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日本人に欠けている「働くこと=商取引」という考え方
今の日本を見ていると、そもそも「働くこと」の本当の意味を理解していない人が非常に多いように感じる。今回の記事は、「働くこと」に的を絞って書いてみる。
「働くこと」は、ただの商品売買(商取引)である。メルカリで何かを売るのと同じだ。何を売るのかと言えば、「自分の労働力」である。誰に売るのかと言えば、雇用主(企業)にである。
何度も言っていることであるが、企業が労働者の持つ労働力を商品として買い、それを使ってモノを生産し、剰余価値を生み出していく仕組みが資本主義である。
辞書から引用しておこう。
- しほん‐しゅぎ【資本主義】〘名〙
- 生産手段をもつ資本家が労働者から労働力を商品として買い、その労賃を上回る価値をもつ商品を生産することによって利潤を得る経済体制。キャピタリズム。
明鏡国語辞典(C)Taishukan, 2002-2008
- じょうよ‐かち【剰余価値】〘名〙
- 賃金労働者がその労働力の価値(賃金)を超えて生産する価値。これが資本家の利潤・利子・地代などの源泉となり、資本主義生産の決定的動機となる。◇マルクス経済学の基本概念の一つ。
明鏡国語辞典(C)Taishukan, 2002-2008
- 働く人にとって、働く(雇ってもらう)とは「自分の労働力を商品として企業に売ること」
- 雇う人にとって、雇う(働いてもらう)とは「従業員の労働力という商品を買うこと」
これ以上でもこれ以下でもない。
すべての商取引は契約である
では、商取引とは何だろうか? 売買契約に基づいて行われる取り引き行為である。コンビニでドリンクを買うのも、スマホアプリに課金するのも、メルカリで服を売買するのも、すべて売買契約に基づく取引である。売買契約は法的契約である故に、何らかの瑕疵があった場合、法律上の賠償責任が生じる。
そして、すべての役務の提供は契約した内容に基づく。契約にないことは求めないし、求められても応じる義務はない。
例えば、家のリフォームに来た工事担当者に、「ちょっと買い物行ってくるから子守しといて」とは言わない。家庭教師に「ついでに風呂掃除とお洗濯してね」とも言わない。そんなことを言えば、十中八九「私の仕事じゃないので」「それは契約にないでしょう」と断られる。それと同じだ。
リフォーム業者の仕事は、リフォームという役務を提供することである。家庭教師の仕事は、勉強を教えることである。
契約に基づいて役務を提供し、その対価を支払う─それが売買(商取引)である。
もし、契約という概念がなければ、世の中はめちゃくちゃになっているだろう。
「働くこと」に話を戻せば、労働も「労働力」という商品を企業と売買する商取引である。労働者にとって会社は、会社にとって労働者は、ただの取引相手に過ぎない。

ガラパゴス化している日本の働き方
それにもかかわらず、契約という概念があやふやで、長時間労働やサービス残業などの理不尽が当たり前のようにまかり通っているのが、日本の労働環境だ。
なぜ「労働」になったとたんに、理不尽がまかり通るのだろうか?
- 人間として成長させてくれる??
- 生きがい??
- 尊いこと??
- 辛いことに我慢してこそ……??
完全に洗脳されているとしか言いようがない。ここまでくれば、「労働教」とでもいうべきカルト宗教か、「労道」という修行なのだろう。
修行において、写経をフリック入力で作ったり、寺の廊下をルンバに掃除させたり、ポテチ食いながら説法を聞いたりすることは許されない。「辛いことに耐えることで、人間としてより高みを目指す」のが修行なのだから。
※ 実際、新人研修の一環として寺で修行するケースもある。

日本では、働く事に対する意識のあり方がガラパゴス化している。
労働以外では、「契約に基づく取り引き」がちゃんとできている
メルカリで売るとき、相場が3万円の商品に「1万円まで値下げできませんか?」というコメントをもらうと、ほとんどの人は断る。メルカリに限らず、あらゆる商取引で、条件面で折り合いが付けられなければ、最初から取引はしない。契約成立後でも、契約通りに役務が提供されなければトラブルになり、場合によっては裁判になる。多くの人は「理不尽でも耐えることで人間として成長できる」なんてことは微塵にも感じない。なぜ「労働」だけ特別なのか理解に苦しむ。
「働き方改革」は「働くこと=商取引」という意識改革から
今、日本では「働き方改革」が取り沙汰されているものの、今ひとつうまくいっていないような印象を受ける。
就職するとは、会社と結婚して家族になることでもなければ、お寺に出家することでもない。会社に、労働契約に基づいて労働という役務を提供し、その対価として賃金をもらう─会社とそういう商取引の契約をすることだ。
働くことの意味を理解せずして、真の働き方改革なんて実現できない。
止まらない人口減に対応して、外国人労働者を受け入れるにしても「働くこと=契約」という考え方に基づいて対応することが求められる。職務内容は曖昧だわ、長時間働かされるわ、残業代はもらえないわ、休暇は取れないわ、抗議したら「嫌なら辞めろ」と言われるわでは、多くの外国人は日本で働きたいとは思わないだろう。
ネット通販やメルカリで何かを買うとき、出品者の評価が低く、評価コメントが「約束を守らない」であれば、取り引きを敬遠するのと同じように。
私たち日本人は、「働くこと」の意味を、もう一度原点に立ち返って、考え直してみるべきだろう。

働き方の問題地図 ~「で、どこから変える?」旧態依然の職場の常識
- 作者: 沢渡あまね,奥山睦
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まだ就活で消耗してるの? そんなに社畜になりたいの?
今年もシューカツ(就活=就職活動)という愚にも付かない通過儀礼が始まった。今日も、多くの就活生(=社畜候補生)たちが、没個性なリクルートスーツに身を包み、東奔西走していることだろう。

シューカツで消耗する社畜候補生たち
私は、日本の就活ほどバカバカしいものはないと思っている。
就活には、入試のように客観的な評価基準がないため、多くの就活生は暗中模索している。評価基準は、大学の偏差値(偏差値が低い大学は門前払い)、コミュニケーション能力(という名のリア充度・空気読み力・同調力・忖度力)と会社への忠誠心であろう。
- エントリーシートを数十枚(平均26枚)もせっせと手書きで書く。
- 最近の企業は、就活生のSNS(Facebook)を見ているのはほぼ間違いないので、就活のためにわざわざイケてる自分を演出する。(SNSを使っていないと、逆に不審がられる)
- 「バイトでリーダーしてました」「サークル活動でこんなに活躍しました」と協調性があることをアピールする。
- 自分史を作って自己分析に励む。
- サイトの会社概要ページや、会社案内冊子を受験勉強の参考書のごとく何度も読み返して志望動機を考えたり、面接での問答を想定したりする。
実にバカバカしい。時間の無駄である。これを「消耗」と言わずしていったい何を消耗と言うのだろうか?
就活に失敗して、そのまま卒業すると「既卒」という烙印を押されてアウト。わざと単位を落として留年すればセーフ。新卒カードのために、わざわざ高い学費を払って留年する人もいる。ここまでくれば消耗を通り越して浪費である。
就活で内定取るまでにかける総時間は一体全体どのくらいになるのだろうか?
— ガラニート (@GalaNEET) 2018年3月3日
ESを書く、サイトの会社概要ページの閲覧、会社説明会に参加、何度も面接、面接想定問答に割く、OB訪問、インターン、それらにかかる移動……etc。
人生の中で、これほど無駄な時間が果たしてあるだろうか?
海外で新卒採用は?
海外では、日本のような新卒一括採用はゼロではないにせよ、一般的ではない。労働市場が流動化しているので、大学を出たばかりで実務経験がない新卒を雇って、先輩社員が手取り足取り仕事のやり方を教えて育てていくなどと悠長なことはしない。求められているのはあくまでも即戦力である。 日本のような採用を「メンバーシップ型採用」、海外のような採用を「ジョブ型採用」と呼ぶ。これらについては、いずれ別の記事で書きたいと思う。
就職できたとしても、安住の地などではない
血のにじむような苦労をして、何とか内定を勝ち取って就職できたとしても、そこは決して安住の地などではない。自分がやりたい仕事に就かせてもらえるという保証はなく、偉くもないのに偉そうなおっさんの下で、そのおっさんを偉くするための下働きをさせられるだけだ。
新人研修では穴掘り(笑)をさせられたり、自衛隊に体験入隊させられたり、トイレを素手で掃除させられたり……こんな研修を見ている限り、研修後も精神根性論全開で長時間労働に苦しめられることは火を見るより明らかだ。
例え、仕事がつまらなくても、ワークライフバランスが取れていて、プライベートが充実していれば、「仕事なんて日々の糧を得るための手段に過ぎない」「クビにならない程度に頑張ればいい」と割り切ることもできよう。しかし、労働環境が劣悪極まる今の日本では、ワークライフバランスなんて絵に描いた餅だ。
さらに人口減で労働力不足も深刻化してくることから、そのしわ寄せは現在働いている労働者に来る。「働き方改革」(という名の「働かせ方改悪」)も加わって、労働環境が酷くなること請け合いだ。
社畜は、「やりがい」「社会貢献」「社会の一員」「責任ある社会人」などという口当たりの良い言葉でお茶を濁そうとするかもしれない。 あるいは、そう自分に言い聞かせているだけかもしれない。
しかし、そんな言葉に騙されてはいけない。過労死するまで働かせられたり、給料もらえても使う暇すらないほど長時間働かせられたりするのは、実質的には奴隷と何ら変わらない。
そんな奴隷状態が少なくとも40年以上、場合によっては死ぬまで続くのである。
海外脱出するか? 起業するか? それとも……
では、どうするのか? 就活戦線なんていうくだらないことからさっさとおりればいい。
海外脱出するとか、起業するとか、地方に行くとか、仮に就職するにしても大企業ではなくベンチャーにするとか……etc。
もう20世紀ではないので、生き方なんていくらでもある。むしろ、20世紀型の「大学出てサラリーマンになれば一生安泰」という生き方自体が時代遅れになりつつある。
ネットのお陰で、起業の敷居はぐんと下がっている。身近なところで仲間がいなければ、SNSで仲間を探せばいいのではないか。資金が必要なら、クラウドファンディングもある。私が常日頃から提案している「海外脱出」も、きちんと情報収集し、必要なスキルと語学力さえ身につければ、さほど難しいことではない。
必要なことは、他人の批判とか世間体を気にせず、自分で考え、自分で決め、失敗を恐れずに突き進んでいく勇気。あなたの選択が正しいかどうかは、歴史が証明してくれる。
日本は坂を転げ落ちるように衰退しているが、日本を支配しているおっさんが無能だったということの証明に他ならない。あなたは若くて優秀なのだから、そんな無能なおっさんにホイホイついて行く必要はどこにもない。
日本の衰退っぷりがひと目でわかるGIFがこれ 冗談抜きでヤバいぞhttps://t.co/aXDuOVW7av
— sakamobi (@sakamobi) 2017年7月2日
変わったのはアジア域内だけで本当に日本「だけ」がはっきり縮小してる。その他の地域のバランスは域内でも安定というのは面白い発見だ。 pic.twitter.com/Lz2Pvxjg0U
まだ就活で消耗してるの? そんなに社畜になりたいの? どMなの?
*
拝啓社畜様。今後の貴殿のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。チーン。
と、過労死したり、妻子から蔑ろにされる自宅難民になったりしないように心の中でサイレントお祈りでもして、自分の人生を生きよう。

- 作者: 森嶋通夫
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女性専用車両ではなく混雑緩和こそが痴漢対策
前々回の記事では、最近話題になっている「女性専用車両」の問題点を取り上げ、男性にとっても女性にとっても差別に当たり、痴漢対策としても何ら意味がないという趣旨の記事を書いた。前々回の記事では、割愛した部分や書き足りない部分があったので、今回はその部分について書こうと思う。
この記事を書いているさなか、女性専用車両に反対するグループ「差別ネットワーク」が渋谷駅前で街頭演説をし、彼らに反対するグループがカウンター行動をするという事件があった*1。また、テレ朝が反対派グループの男性を取材し、テレビ放送されたことで、Twitterでも一時トレンドになり、今でも賛否両論が繰り広げられている。
カウンター団体は、レイシズムに反対するグループという指摘がある。人種差別に反対する人が、性差別に反対するグループを批判しているところをみると、彼らは「差別」の定義を理解していないように思えてくる。
反対派の人たちは以前からちょくちょくと「任意確認乗車」と称して女性専用車両に乗り込んだり、女性専用車両に反対する街頭演説を行ってたりしているようだ。女性客とトラブルになって電車を止めてしまうことも何度かあったが、今回はたまたま朝日新聞が「遅延の原因」として記事にした*2ことで一気に広がった感じだ。

痴漢は日本の恥部
混雑した通勤電車内で痴漢が多く、痴漢によって苦しめられている女性が少なくないことは、紛れもない事実である。そして、痴漢は女性の尊厳を踏みにじる卑劣な性犯罪であると同時に、公共交通機関における痴漢は、無関係な男性に濡れ衣を着せるリスクをもはらむ。
女性客にとっては、自分の夫や父や息子が痴漢冤罪に巻き込まれることで、家庭崩壊に繋がる。男性客にとっては、自身が冤罪に巻き込まれるリスクがあることはもちろん、自分の妻や娘が、性犯罪の被害者になることもある。
国にとっては、痴漢が"chikan"として世界語になり、国際社会において性犯罪大国とのレッテルを貼られることは、日本を訪れたり、日本で働こうとしたりしている外国人の二の足を踏ませることになる。
痴漢は一般市民にとっても、国にとっても、深刻な社会問題である。早急な対策が必要なのは言うまでもない。
ただ、痴漢加害者の大半が男性であることを鑑みても、女性専用車両は痴漢問題の解決策ではない。女性専用車両が導入されて15年以上経つが、一向に問題の解決はしていない。むしろ、男女間の対立を煽ったり、問題の本質を覆い隠したりしているだけだ。痴漢対策として、女性専用車両(=基本的に女性しか乗れない車両)を作ればよいというのは、あまりにもお粗末すぎる。
痴漢対策は混雑率の緩和しかない
電車内での痴漢の発生時間帯が朝ラッシュ時*3であることからも、電車内の痴漢の多くは、身動き取れないほどのすし詰め状態の中で行われる。では、混雑率の緩和こそが最大の痴漢対策になるだろう。
実際、特に東京圏の通勤電車の混雑は常軌を逸している。
英語版Wikipediaの山手線の記事(2016年)によると、
- ロンドン地下鉄は、11路線270駅で、1日の利用者数は336万人。
- ニューヨーク地下鉄は、26路線482駅で、1日の利用者数は508万人。
- 東京は、山手線1路線29駅だけで、1日の利用者数は368万人。
である。
つまり、東京は山手線1路線だけでロンドンの地下鉄全路線に匹敵する利用者がいる。もちろん、東京を走っているのは山手線だけでなく、山手線の内側を中心に多数の地下鉄が網の目のように張り巡らされ、池袋・新宿・渋谷などのターミナルには他の路線が乗り入れている。さらに10両編成といった比較的長い電車がひっきりなしに発着している。それにもかかわらず、あの混雑なのだから、東京の鉄道混雑水準が、欧米先進国の大都市のそれからかけ離れているかは想像に難くない。
「9時だョ!全員集合」を今度こそ見直すとき
混雑を緩和するには、編成両数を増やすか、線路を増やすか、あるいは、新路線を作るかしかない。東京の人口は増え続けているが、2025年をピークに減少に転じると予想されている。将来的な人口減少を見越せば、鉄道事業者は設備投資には及び腰にならざるを得ない。
輸送力増強に頼らずに鉄道の混雑を緩和するにはどうすればいいだろうか?
- 東京一極集中の是正
- フレックスタイム
- 在宅勤務
- 時差通勤
あたりだろう。
多くの会社や学校は午前9時までに始まる。そのため、必然的に午前7時〜8時代の電車が混雑する。
ITがこれほど発達しているにもかかわらず、なぜ9時始業にこだわるのだろうか? 9時に全員が顔を合わせる必要がどこにあるのだろうか? サービス業など職によっては9時に全員がそろっていなければ仕事が始められないというケースもあるだろう。しかし、ホワイトカラーの仕事であれば、始業・終業時間の融通は利かせることができるはずである。また、学校においても、授業の一部をオンライン化して自宅で受けられるようにできるだろう。実際、ネットを使った通信制の高校や大学はあるのだから。
私が生まれる前に「8時だョ!全員集合」というバラエティー番組があったが、日本は「9時だョ!全員集合」と言わんばかりの前世紀的な働き方をいい加減に終わらせるときではないかと思う。
鉄道事業者は実効性のある痴漢対策を
鉄道事業者も、「他社局もやっている」「(消費者としての)女性を優遇する=女性に優しい会社=世間受けがいい」といった理由で女性専用車両を設定するのではなく、実効性のある痴漢対策(混雑緩和策)を本気で取り組んでもらいたい。例えば、車内防犯カメラの設置、制服警官の配置、定期券やICカードの時間帯別運賃の導入などだ。
※ 防犯カメラ設置や制服警官配置で犯行の一部始終をとらえることは難しいが、抑止効果はある。
百歩譲って、「女性専用車両が痴漢対策に効果的であり、今後も続ける」と主張するなら、女性専用車両導入で痴漢がどれだけ減ったのか、他の車両の混雑率はどうなったのかなどの説得力のあるデータを出すと同時に、男女平等との整合性や任意性の担保について自社の考えを明らかにすべきではないか。残念なことに、「女性専用車両に反対する会」のサイトを見る限り、鉄道事業者は、そういった指摘には曖昧な対応に終始しているようだ。
*
それにしても、女性専用車両問題とその背後には、日本が抱える非常に多くの問題が凝縮されているように思う。
性差別、東京一極集中、9時始業という画一的な働き方、冤罪リスクと「人質司法」と呼ばれる司法の後進性、消費者としての女性は優遇する一方で労働者としての女性は冷遇する社会、性犯罪に対する認識の低さ、差別に対する理解不足、論理ではなく感情論で良し悪しを判断する世間……etc。
解決への道のりは遠そうだが、私たち日本人が問題を問題として認識し、解決へと向けて考え、行動に移す必要がある。

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「日本に生まれたから幸せ」という時代は終わり、価値を生み出せる人が生き残る
目に見えて訪日外国人観光客の数が増えた。増えたのはアジアの人たちだ。欧米語ではない言葉でおしゃべりしながら、スーツケースをガラガラと引いている姿は珍しくなくなった。かつて物価が高い日本に旅行に来られるアジア人は、比較的裕福な人が多かったことを考えると、相対的に「日本は安くなった」ということである。
他方、日本に目を向けると、大学を出ながらも就職口を見つけられず、非正規雇用に甘んじたり、ブラック企業で長時間労働を余儀なくされたりしている人が少なくない。奨学金(という名の多額の借金)を背負い、連帯保証人共々自己破産する人もいる。
こういう状況を目の当たりにすると、否が応でも時代は変わってしまったんだと痛感せざるを得ない。
ネット上には相変わらずマイノリティーを標的にしたヘイトが蔓延し、テレビを付ければ外国人に日本を賞賛させる番組が相変わらず人気だが、否応なしに見せつけられるこの事実から刹那でも目を背けるための一種のドラッグのような役割を果たしているのだろうか。

価値を生み出せる人が上に来る
先進国出身か途上国出身かであるかに関わらず、より多くの価値を生み出せる人が、より多くの富を得られる。反面、あまり価値を生み出せない人は、あまり富を得られない。価値を生み出せる人と生み出せない人の差が急速に広がっている。
「価値を生み出す」とはどういうことか?──多くの人が、より多くのお金(時間)を投じたいと思うものを生み出すことである。
ネットユーザーの中でも、価値を生み出せる人とそうでない人とに見事に別れている。人気ブロガーや人気YouTuberは、多くの価値を生み出している。他方、ヤフーニュースのコメント欄や掲示板に匿名でゴミみたいな投稿をしたり、Twitterでクソリプを飛ばしたりしている人たちは、少なくともネット上では何の価値も生み出していない。
人気YouTuberを「バカみたいことしてるだけだろ」「おしゃべりしながらゲームやってるだけじゃん」と批判的に捉える人がいる。しかし、そういった動画を「面白い」と思い、貴重なお金や時間を費やして見る価値があると多くの人が思っているからこそ、あれだけの再生回数とチャンネル登録者数を稼ぎ、莫大な広告収入を得ている。
資本主義的な価値があるかどうかを判断するのは、自分ではなく、あくまでも市場である。
※ 私はまとめサイトは嫌いなので見ないが、資本主義的には価値を生み出している。
会社も価値を生み出す場所
多くの人が勤めている「会社」も価値を生み出す場所だ。生産手段を持つ資本家が、労働者から労働力という商品を買い、その労働力を使うことで、剰余価値を生み出していく。それが資本主義である。
ところが、日本の会社はガラパゴス化していて、仲良しクラブや疑似家族のようになっている。女性だったり、履歴書が手書きではなかったり、残業を嫌がったりするからといった理由で十分な職業能力がある人を雇わない。逆に、コミュニケーション能力(って何?)があったり、従順であったりという理由で職業能力の高低を問わず採用し、さらに勤続年数に応じて昇進・昇級させている。こうやって見ると、日本の労働市場は、全然資本主義的ではない。性別や年齢に関係なく、より多くの価値を生み出す人を雇うのが資本主義的なやり方だからだ。
日本的な年功序列や終身雇用がうまく機能したのは、戦後の高度経済成長期という一時期に過ぎない。
このグローバリゼーションの時代に、そんな日本的なやり方がいつまでも通用するわけがない。非正規雇用が増えていたり、無期雇用転換を嫌がったり、追い出し部屋なるものができたり、「働き方改革」が唱えられたりしているのは、日本のいびつなやり方がもはや限界に来ている証拠だろう。
遅かれ早かれ、日本的なやり方は終焉を告げる。そうしないと、このグローバリゼーションの時代に生き残れないからだ。「グローバリゼーション」と言えば、聞こえはいいが、実体は「無間競争地獄」である。大学の受験戦争が可愛く見えてくるほどの地獄だ。
※ 日本という国自体が時代の変化について行けず、終焉を迎えるかもしれないけど。
日本に生まれたから豊かで幸せ、さらに、一流大学を出て一流企業に入れば一生安泰という時代は終わりを告げ、価値を生み出せる人が上に来る時代だ。
東京に勤めているサラリーマンのおっさんたちは、どれだけの価値を生み出しているのだろうか? 単に勤続年数が長いというだけで、それに見合わない高給をもらっているだけではないだろうか? 複数ヵ国語を流暢に話し、ITリテラシーが高く、ハングリー精神あふれるアジアの若者の方が、より多くの価値を生み出せるのではないだろうか?
僕たちはどう生きるか?
どうすれば価値を生み出せるのか?……残念ながら「こうすればいい」という答えはない。あえて答えを出すとすれば、「勉強」→「実践」→「失敗」の繰り返しだろうか? では、何を勉強するのか? 仮想通貨かもしれないし、動画の編集方法かもしれないし、英語かもしれないし、プログラミングかもしれないし、コミュニケーション能力かもしれないし、ネット民の煽り方かもしれないし……etc。
私は、自分がやりたいこと、自分にできそうなこと、世の中の動向の3つがキーになるのではないかと思っている。
※ AIの発達で不要となっていく職を選んでも将来性がないし、自分がやりたくもないことを我慢して続けても鬱になるし、逆立ちしても自分にできそうにないことに挑戦するのは時間の無駄になるからだ。
自分が「これだ!」と思うものに挑戦してみればいい。もし、失敗したら、その失敗経験を糧に何度でもやり直せばいい。失敗しても、命を取られるわけではないのだから。にっちもさっちもいかなくなったら、堂々と行政のお世話になればいい。税金を払うのは、そういったセーフティーネットのためでもある。
私たちはそういう世界、そういう時代に生きている。
さて、君たちはどう生きるか?
僕たちはどう生きるか?

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有給をいつ何に使おうが勝手だし、そもそも有給を使われることを前提にすべき
何気なくGoogleニュースを見ていたら、「『わざわざ有休取ったのに家にいたの?なら出勤しろ』 部下の休日に口を出すトンデモ上司に震撼」というキャリコネニュースの記事を目にした。以前にもゲームの発売日に有休の是非についての記事があったのを思い出した。
一瞬、「まだこんなことで不毛な議論してるんだぁ」と思ったが、日本の会社は相変わらず、休むことには不寛容なんだなぁとつくづく感じた。
逆に聞きたいのだが、有給はどんな時に使えばよいのだろうか? もしかして、40度近い熱があってとても仕事に行けない時に「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」と低頭平身になりながら、「私の体調管理がなってないゆえに会社を休んでしまい、会社に多大な迷惑をかけてしまった」と罪悪感に駆られながら使わなければいけないのだろうか?
有給は労働者の当然の権利
ゲームの発売日だろうが、遊びだろうが、小旅行だろうが、ただ単にダルいからだろうが、有給を使うことにいちゃもんを付けられる筋合いはどこにもない。なぜなら、有給休暇は労働者に与えられた当然の権利だからである。法律で認められた正当な権利を行使するのだから、後ろめたい気持ちになる必要はない。
こういうことを言うと、必ずと言っていいほど「権利を主張する前に義務を果たせ」と言ってくる社畜がいる。
権利と義務の関係は、多くの日本人が勘違いしている。ずっと以前にも書いたが、権利とは義務を果たさなければ与えられないという類いのものではない。権利を持っている人が、それを行使すると、それに応じなければならない義務が生じる。ただそれだけのことだ。
例えば、債権を持っている人が債務者に弁済を求めた場合、弁済する義務が生じる。選挙権を持っている人が、投票可能な日時に投票所に行くと、投票させる義務が生じる。有給の例に当てはめると、従業員が有給の権利を行使した場合、使用者は有給を与える義務が生じる。
※ 有給休暇は、6ヵ月以上働いて、出勤率が8割を超えている時点で、雇用形態にかかわらず発生する。
したがって、従業員の有給使用を難癖付けて認めないとなれば、義務を果たしていないのは企業の方である。
有給は「遊ぶため」にある
海外には、有給病欠(sick leave)がある。これは本来の有給とは別に与えられる、病気(軽い風邪や体調不良を含む)の時に使えるものだ。数日以内であれば、医師の診断書も不要だ。家族が病気の時でも使える。病気の場合は、有休を使わずに、この有休病欠を使っていく。なぜこういう制度があるかというと、有給の目的は「遊ぶため」だからだ。

「会社を休んで遊ぶ」と聞くと、怠けるとかサボるとかといったネガティブな印象を受けるが、それは大きな間違いだ。休むことで、心身共にリフレッシュをし、英気を養うことができる。その方が、労働者のパフォーマンスも上がり、会社全体の生産性が上がる。
逆に、多くの日本企業のように、連日連夜残業させたり、有給を捨てさせたり、病気の場合でも休ませなかったりすると、当然労働者のパフォーマンスも上がらない。ストレスが溜まっている状態で良い仕事は期待できない。休ませることは、労働者のためのみならず、会社のためにもなる。
企業は従業員が休むことを前提にすべき
海外では、従業員が休むことを前提に経営するのが普通である。数日程度の突発の休みなら、いつ発生しても問題ないようにゆとりを持っているし、休みが発生しても、同僚たちで穴を埋め合う。数週間単位の長い休みでも、事前に申請していれば取れるように、仕事やシフトなどをうまく調整する。これが世界標準である。遊びでなくても、従業員も生身の人間である以上、いつ病気になったり、怪我をしたりするか分からないのだから。
※ 海外でもクリスマスや新製品の販売時期などの繁忙期は休暇取得を制限することがある。
しかし、多くの日本企業ではそうではない。ギリギリの人員で会社を回しているからか、従業員が休まないことを前提にしている。もっとも、そんな企業でも、始業時間ギリギリに行くと、多くの場合、「もっと時間に余裕を持って来い」と怒られる。企業もゆとりを持つことの大切さは分かっているではないか。従業員の出勤時間にはゆとりを求めるにも関わらず、自社の人員確保や勤務にはゆとりを持たないのだろうか。
始業時間は厳しいけど、就業時間はゆるゆるというケースと似ている。(1分の遅刻でも給料は差し引くにもかかわらず、残業代は払わなかったり、30分単位で30分未満は切り捨てにしたりする)
ダブルスタンダードの典型例であるが、こういう態度は「インテグリティ(integrity)=一貫性がない」と見なされ、教養ある人間とは思われない。
いい加減に労働信奉はやめよう
たかが有給、されど有給。もっと気兼ねなく、1〜2日の突発から、数週間の長期まで取れるようにならないものだろうか。「働くこと=善、休むこと=悪」という労働信奉はやめて、休むことも、働くことと同じくらい大切なことだということに、多くの日本人に気付いて欲しい。

- 作者: 谷本真由美@May_Roma
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長時間労働=絶対悪
ブログでもたびたび取り上げていることであるが、長時間労働は100%間違っている。それにもかかわらず長時間労働は相変わらずだし、長時間労働を信奉する人も少なくない。この記事では、長時間労働のもたらす弊害を改めてまとめてみた。

長時間労働はあなたの健康を壊す
過労死はよく知られているが、長時間労働の弊害は過労死・過労自殺だけではない。そこまで至らなくても、長期的視野で見た場合、様々な健康被害を引き起こす。
ワークライフバランスが取れて、アフターファイブや週末は気の合う仲間と水入らずの時間を楽しんでいる人と、連日ストレスを抱えながら夜遅くまで働いている人のどちらが健康を害する可能性が高いだろうか? 答えは火を見るより明らかだ。*1*2
また、体調に異変を感じていても、仕事に支障を来さない限り、仕事を優先して病院にいかない人は相当いる。事実、Googleで「仕事が忙しくて病院」と検索すると42,700件(2017年11月現在)もヒットする。予防医学の観点からも、これは問題であると考える。
もちろん健康問題は、医療費を含む社会保障費の増大に直結する。
長時間労働はあなたの家庭を壊す
以前にオンライン英会話を受講していて、日本の労働環境について話が及んだとき、「働き盛りとされる40代は、年功序列による職場での重責と高収入とは裏腹に、家族とは疎遠になっているケースが珍しくない」といった旨の話をすると、相手の講師が「あぁ、僕の生徒にも『妻とほとんど話してないよ』って人がいるよ……」と返されたのが印象に残っている。実際、東京に住む40代の既婚男性の4割が「自宅に居場所がない」と感じる「自宅難民」であるという。*3 以前には、産経新聞で夫婦喧嘩の原因第1位が「誰のお陰で食えるんだ!?」という発言であるとの記事を目にしたことがある。このような家族は、熟年離婚の予備軍となりうる。
また、夫婦仲の良し悪しを含む家庭環境のあり方は、子どもの成育にも多大な影響を与える*4。問題がある家庭環境で育った子どもは、不登校、ニート、引きこもり、対人コミュニケーション障害などの要因の1つになりうる。
日本では「飲みニケーション」と称する勤務時間外の付き合いが重視される。アルコール依存とまではいかなくても、頻繁に酔って帰宅し、子どもの前で醜態をさらすことは、子どもへの影響は決して小さくない。

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長時間労働は勉強時間を奪う
長時間労働がなければ、空いた時間を勉強に費やすことができる。勉強といえば、机にかじりつくことを想像しがちだが、そればかりが勉強ではない。本を読んだり、フィールドワークで外に出たり、身近な人と議論をしたりして、自身の教養を高めることすべてが勉強である。
高卒であっても、通信制の大学に行くことで、学位取得を目指すことができる。英語やプログラミングを独学で習得することもできる。知識や技術が高まると、生産性の向上、ひいては国力増加にも繋がる。
テクノロジーは日進月歩で進歩しているのに、自分の持っている知識や技術は卒業時のままで、十年一日同じやり方をしているのでは生産性は高まらないだろう。
長時間労働は外国人労働者を遠ざける
先進国の労働市場は、外国人労働者の力無しでは成り立たない。ところが、長時間労働が蔓延していると、外国人労働者は日本を避けるようになる。せっかく日本に憧れて来日しても、労働環境がひどすぎるがゆえに日本を後にする外国人も少なくない。
そうでなくても、アジアの経済発展により、日本は、「働きたい国」から「旅行したい国」へとシフトしつつある。韓国やシンガポールはもちろんのこと、中国やタイでも日本は「働きたい国」ではなくなってきている。そうなってくると、日本企業は外国人労働力を、アジアのより発展していない地域へと求める。それらの地域でも発展してくると、一体どこの国の人が、日本で働きたいと思って来日するのだろうか? (今の日本は、途上国との経済格差による高賃金以外の理由で、働きたいと思う国ではない)
政府は、正規の労働ビザを発給して外国人労働者を受け入れるのではなく、非常に問題が多い「外国人技能実習制度」*5*6*7の範囲を拡大することで、事実上の外国人労働者受け入れとしている。

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長時間労働は会社を潰す
ブラック企業経営者が「安い賃金で搾取してやったぜ」と思っているかどうかは分からないが、経営者にとっても長時間労働はデメリットが非常に多い。
① 長時間労働が原因で事故が起こる可能性
道路交通法で過労運転が罰則対象であるように、過労状態で運転や機械操作を伴う仕事をすると、最悪大事故につながりかねない。ひとたび事故が起こると、賠償金の支払ったり、法規制が行われたりすることで会社の存亡に関わってくる。以前に相次いだツアーバスの件は記憶に新しいだろう。
② 労働者がいなくなる
以前はネット界隈の一部でしか使われていなかった「ブラック企業」という言葉も、今ではすっかり市民権を得た。ひとたびブラック企業との烙印を押されれば、人手不足の昨今、人材難に陥ることもある。「お前の代わりなんていくらでもいるから」と高をくくっていると、「(人口が減って)働き手がいない。このままだと潰れる。助けて!」ということになりかねない。*8
もっともブラック企業のことだから、深刻な人口減や、それに伴うマーケットの縮小や労働者の減少などはまったく考えておらず、今さえ儲けられればよいという近視眼的な考えしか持ってないのかもしれない。

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幸せとは何か……もう一度考えてみよう
多くの日本人は、子供の頃から「人生=仕事」ということを親や教師から教え込まれてきた。中高年を中心に「仕事=人生」という価値観も根強く残っている。
「働き方改革」なるものが上から押しつけのように進められている。より大切なのは、すべての労働者の「働き方に対する意識改革」である。「世間が働き方改革云々と言っているから」ではなく、人間にとっての幸せとは何か、働くとはどういうことか、……もう一度、胸に手をあてて考えてみよう。

- 作者: 谷本真由美@May_Roma
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*1:働きすぎていませんか? 長時間労働で心臓病のリスクが高まることが判明
*2:長時間労働はなぜ問題視されるのか? | ヒューマンキャピタル Online
*3:家に居場所がない!?“自宅難民”化したお父さんたちの実態調査 | NewsWalker
*4:生活苦と夫婦の不仲で“鬼父・鬼母”が急増!?過去最多の児童虐待の裏に潜む悲しすぎる事情 | 格差社会の中心で友愛を叫ぶ | ダイヤモンド・オンライン
*5:"現代の奴隷"外国人実習生に頼る黒い企業 | プレジデントオンライン | PRESIDENT Online
*6:外国人技能実習生という名の奴隷市場 | ハフィントンポスト
「もうこんな国いややー!こんな人生いややー!」っていう人は、来世まで待たず今すぐ行動しよう
東京にあるオフィスを退社、時間はすでに夜11時を回っていた。昨日も一昨日も同じ。明日も明後日も同じだろう。連日連夜の残業で身も心もぼろぼろ。電通のことは、とても他人事とは思えない。
そんな状況が続くと、ついつい叫びたくなる。
「もうこんな会社いややー。こんな人生いややー。来世は○○にしてください!」
ド田舎に嫌気がさした地方に住む17歳の高校生であれば、1年ちょっと我慢すれば東京に出られる。しかし、日本のクソ労働環境にあえいでいる東京に住む人は、1年我慢しても改善されることはない。むしろ、人口減による人手不足も重なり、もっとひどくなっていく可能性すらある。
「おらこんな村いやだ 東京へ出るだ」と吉幾三が唄ったのは20数年前。最近は「こんな村社会はいやだ」と東京を離れる若者が少なくない。彼らが向かう先は海外。不景気の憂さを忘れるため旅行するわけではない。国外で就職、あるいは起業する人々が増えつつあるのだ。
若者の「海外流出」が止まらない!冷え込む雇用がもたらす日本の衰退 (ダイヤモンドオンライン)
東京のイケメン男子の末路は……社畜のおっさん
東京生活が楽しめるのは、せいぜい大学3年までの間だ。(それもコミュ力があるリア充に限る) 大学4年から、就活などという愚にも付かない通過儀礼が始まる。何十枚ものエントリーシートをせっせと書いて、暑い日も寒い日も没個性なリクルートスーツに身を包み、何社も何社も会社訪問しなければならない。そして、激しい競争をくぐり抜けて、ようやく就職できたとしても、そこは決して安住の地などではない。
日本の企業や官公庁を支配しているのはおっさんだ。そのおっさんからどやされながら、朝から晩まで延々と働いていくことになる。そして、自分がそのおっさんと同じくらい歳になったとき、若い新入社員をどやしながら「最近の若いもんは……」とぼやいたり、ネットで悪態をついていたり*1する自分がいることに気付く。
哀しいかな、東京のイケメン男子の末路は、社畜のおっさんである。それも、激務で疲れ果て、うつろな目をした「逝け面」の社畜。
東京圏に住む40代〜50代の年収300万円以上の妻子有りの男性の2人に1人が、自宅に居場所がない「自宅難民」*2だそうだ。以前の産経新聞では、夫婦喧嘩の原因第1位は「誰のお陰で食えるんだ」とあった。あれだけ長時間労働が蔓延していたら、家族間の距離が離れていくのも当然と言えよう。
▼外国人サラリーマンの東京生活
東京は憧れの地でも何でもない
東京はただのでかい街だ。それ以上でもそれ以下でもない。そこに夢も希望も無い。
空気は汚いし、電車はすぐ止まるし、人は多すぎるし、緑は少ないし、労働環境は酷すぎだし、物価は高いし、社畜は死んだ魚のような目をしてるし……。観光で短期滞在するならまだしも、サラリーマンとして定住するような街ではない。
では、どこを目指すのか。このブログで何度も言っているように、海外である。
海外脱出というのは、地方から上京するのに比べて敷居は高い。問題としては、言葉の問題、文化の問題とビザの問題が挙げられる。
まず、言葉の問題。これは、勉強すればよいだけだ。もちろん時間はかかるけど。
次は、文化の問題。「なんか海外生活ってカッケー」という思いだけで、海外生活を成功に導くのは難しい。パリ症候群のようになるかも。しかし、このブログの読者であり、日本の村社会や労働環境に疑問を持つ人であれば、案外海外の方がなじむかもしれない。逆に、「電車は時間通りじゃなきゃダメ」「客は神様なのだから」「空気読め」という考えの人は海外には向いていない。黙って社畜になってください。
最後に、ビザの問題。国によって大きく異なるので、一概には言えない。特に先進国は年々厳しくなっている。自分はどこの国に行きたいのか、どういうスキルを必要なのかを把握して、計画性を持って進めれば、決して高い壁ではない。
これ以外にも苦労することもある。私は、それらを乗り越えてでも、挑戦する価値があることだと思っている。
日本は変わらないし、これからどんどん悪くなっていく。だから……
「ブラック企業」という言葉が一般語になり、長時間労働の弊害は以前にも増して、多くの国民の間に知られるようになった。そんな中、安倍晋三首相は、「モーレツ社員をなくす」「非正規という言葉をなくす」などと相変わらず口当たりが良いことを言っている。しかし、私は、日本が短期間で良い方向に変わることはとても期待できないと思っている。変わるには、途方もない時間がかかる。
日本は変わらないけど、自分を変えるのならできる。もっと正確に言うと、自分を変えなくても、自分を取り巻く環境なら変えることができる。環境があなたを変える。必要なのは、第一歩を踏み出す「やる気」だけだ。
だから、行動を始めよう。新年の目標なんて言わず、今すぐに。高齢化や人口減という大災難が日本を直撃する前に。美しい星であるニポンカイギ彗星から分裂したアベシンゾー隕石やカイケン隕石が日本に落ちる前に。
"Hello. I'm Yugi. Your name is..." (俺は由自。君の名は?)
"Nice to meet you." (よろしくね)
英語のノートに書かれていそうなこういう会話から始まる新しい出会いがきっとある。

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*1:「ヤフコメはひどい」? 「Yahoo!ニュース」のコメント欄、投稿者は男性が80%以上、40代が突出 - ITmedia ニュース
*2:家に居場所がない!?"自宅難民"化したお父さんたちの実態調査 - ニュースウォーカー
日本の常軌を逸した完全主義が働く現場を疲弊させる
日本は完全主義であると思う。1分の遅れも許されない電車のダイヤ、飲食チェーン店の非常に厳しい新人研修などを見ていると。わずかなミスさえ許さない日本の完全主義は度を超しており、それのおかげで多くの人が疲弊しているのではないかと思う。
わずか1分遅れでもお詫びが入る日本の鉄道
日本ほど鉄道ダイヤが正確な国はない。海外では、鉄道が時間通りに来ることは珍しい。ドイツやフランスのような真面目な先進国であっても、数分程度の遅れは当たり前。イタリアやスペインのようなのんびりした先進国にいたっては、数十分の遅れは当たり前。途上国であれば、数時間の遅れが日常茶飯事である。
日中は4分間隔で運行しているはずだが、待てど暮らせど電車が来ない。やっと来たと思ったら、ラッシュ並みの混雑。座りたかったので、次の電車を待つことにした。すると、1分後にガラガラの電車が来た。日本だったらありえないであろうそんなことを幾度と経験した。
外国人はそんな日本の鉄道の正確さに驚愕し、日本人はそんな日本の鉄道の正確さを自慢する。
しかし、である。海外の鉄道が「秒単位まで時間通りに運行させる能力がない」わけではない。「秒単位まで時間通りに運行させる必要がない」のである。
先進国であれば、日本並みに正確な鉄道運行システムを作る技術は十分に持っている。ただ、作らないだけだ。理由は簡単、そんなもの誰も求めていないから。日本から派遣された社畜駐在員は求めているだろうけど。(笑)
日本人はサイレントボンバー!?
うろ覚えであるが、ずっと前にニュースに取り上げられた話題を紹介しよう。
日本人観光客が海外のあるホテルに宿泊したとき、客室のシャワーからお湯が出なかった。その観光客は、ニコニコと満足げにホテルを後にしたため、そのホテルは問題はなく満足させることができたと判断した。帰国後に、レビューサイトに「あのホテルはお湯が出なかったあるまじきホテルだ。最悪!」といった投稿をした。ホテル側の反応は「すぐにフロントに言ってくれれば、別の部屋を用意したのに。日本人はサイレントボンバー(物言わぬ爆弾)だ。」といったものであった。
予想通りネットの反応は、「ホテルならあらかじめ水回りを確認して、そういうことがないようにするのが当然だろうが」との声が多数を占めた。確かに、一流ホテルであるならばそういうことはあってはならないことだ。しかし、一流ホテルでなければさほど珍しいことではない。
日本の過剰な完全主義が働く現場を疲弊させる
これらのことから見えてくることは何だろうか?それは、日本人が些細なミスすら許さない完全主義であるということだ。
物事を完全にこなすというのは、一見素晴らしいことのように見える。しかし、「百里を行く者は九十を半ばとす」ということわざがある通り、物事は終わりのわずかの部分に困難が多い。
例えば、鉄道でどうしても生じてしまう数分の遅れを、数秒の遅れまで縮めようとすれば、緻密なダイヤの作成、乗務員の訓練や遅れを取り戻すシステムの構築など様々な対応が必要になる。また、ホテルやレストランなどのサービス業において、完璧な接客をしようとすれば、マニュアル作りや従業員教育に相当な時間を要する。それらは全部コストである。莫大なコストをかけるほどに見合ったリターンがあるかと聞かれれば、多くの場合はノーである。海外では、客は、鉄道に秒単位の正確な運行を求めていないし、ファミレスに高級レストラン並の接客も求めていない。安全に関わる部分だけはしっかりとやってくれればそれでいいと思っている。
日本はそうではない。日本では完璧なサービスをさも当然のように求める。何らかのミスがあったら、それがどれだけ些細なものであっても、容赦なくクレームを付けたり、レビューサイトで低評価を付けたりする。

このしわ寄せは、そこで働いている従業員にくる。
鉄道会社に勤める男性です。
去年(2012年)2月、都内の駅で、改札を強引に通り抜けた客を呼び止めたときのことです。客は逆に怒りだし、誠意を見せろと要求。
真冬の路上で、20分にわたって土下座を強いられました。
鉄道会社の男性「間違ったことでも、お客さんが言えば、黒いものでも白だと。お客様は悪くないですよ、社員が悪いと終始していくので、謝るのがサービスのひとつになっている。」
客という立場を利用して、無理な要求を押しつけるケースは年々増え続けている、といいます。
鉄道会社の男性「駅員に対して罵詈雑言を吐いてもいい、という状況下がつくられている。そういう中で働いているので、逃げたいというのが、正直なところ。人間として仕事をさせてくれ。」
完全主義を見直さない限り、ワークライフバランスなんて夢のまた夢
海外では、連日定時退社・有給完全消化・風邪でも使える病気有給ありが当たり前で、日本では考えられないようなレベルのワークライフバランスが実現している。生産性が高いことも理由の1つだが、客の側が完全なサービスを求めないということも大きな要因を占めている。
完全主義にならないということは、手を抜くとか怠けるとかいうことではない。お互いに妥協するということだ。もちろん、人命がかかっていたり、高度な科学技術分野で誤差が許されなかったりするというような場面においては妥協はしない。
「何事も妥協せず完璧に仕上げるのが日本人のいいところじゃないか」と批判がされそうだが、病的なまでの完全主義は、社会全体をギスギスしたものにするだけである。数万円する高級レストランに高い接客レベルを求めるのは理にかなっているが、たかが数百円の牛丼屋にまで高い接客レベルを求めるのは間違っていると私は思う。
自分が働く側に回れば、わずかなミスや遅れすらも許してもらえず、ひたすら頭を下げたり、サービス残業や休日出勤をしてまで挽回したりしなければならないということだ。当然ストレスもたまってくるし、働く現場はどんどん疲弊していくことになる。果たしてそんな職場で良い仕事ができるのだろうか?(これを書いていると、平日深夜の下り電車の何とも言えない空気を思い出した)
「お客様を不快な気分にさせないように」と従業員に作り笑顔を強制するより、ワークライフバランスの実現によって自然に笑顔になるような職場にするほうが、多くの人にとって幸せな結果となる。
日本人が自らの完全主義を見直し、俺は客だぞクレーマー体質から抜け出さない限り、ワークライフバランスなんて夢のまた夢。日本人が自らの働き方のおかしさに気付く前に、進歩したテクノロジーによって仕事量そのものが減って、長時間労働がなくなっていくというのが先かもしれない。
質の高いサービスはいらないから、残業も休日出勤もしたくない人、黙って海外に出ましょう。

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