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だから僕は海外に出る、さあ君も

「日本って何か変だなぁ」という疑問を胸に、思い切って海外脱出した著者が、海外からの視点で日本の社会問題や海外脱出アドバイスを綴るブログ。日本の奴隷的な長時間労働にうんざりしている人、ナショナリズム台頭・人口減・財政難の日本の行く末を危惧している人、協調性という名の同調圧力に耐えられない人、とにかく自分の殻を破ろうと思っている人、そんなあなたに『海外に出ること』を選択肢の1つとして提案する。

だから僕は海外に出る、さあ君も - ニートのガラパゴス日本脱出日記

ガラパゴス化している日本の奴隷的な労働環境と保守的な社会構造に適応できずに海外脱出したニートが海外視点で綴るブログ

仕事なんかクソだろ? 就活やめて日本を出よう! 奴隷やめて海外に出よう! 語学を学び世界に出よう! 「仕事なんてクソだろ」が売り文句の「ニートの海外就職日記」に影響を受けた、あるニートのブログ

労働・サービス残業・ブラック企業・社畜・ワークライフバランス・海外脱出・日本脱出・英語・留学・人生・恋愛・政治・社会・日本・ニート・フリーター・貧困・ネット・IT

「スマホやめますか」に反発する情報強者気取りの情報弱者たち

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「スマホやめますか、信大生やめますか」—信州大学学長の入学式の挨拶が波紋を広げている。

「スマホやめますか、それとも信大生やめますか」

新聞に掲載された「スマホやめるか、大学やめますか」という見出しはかなり強烈だ。それだけ見れば、「スマホなんて百害あって一利なし、スマホやめてオールドメディアを重視しろ」と言っているように取れ、ネットユーザーが「時代錯誤だ」と反発するのもうなずける。しかし、学長が言いたいことは、全文を読めば分かる。見出しや記事だけで脊髄反射で反発するということ自体、表面だけをなめて中枢に迫ろうとしない典型的なスマホ脳と言える

全文を読んでも分からないのあれば、単に国語読解力が低いと言わざるを得ない。

以前のエントリーでも書いたが、ネット(スマホ)には「活用」と「消耗」の2種類がある

ネット(スマホ)を有効に活用している例

ネットをフル活用して、資金を集め起業したり、収益化したり、あるいは業務に活用したりしているケースは、言わずもがななので、身近な例を取り上げてみよう。

ケース1:

昼食は、友達と一緒に楽しみながら取る。会話の途中で、「これってどういう意味かな?」「今度の週末さあ、○○に行かない?でも混雑とかどうなんだろ?」と切り出され、スマホ(タブレット)を取り出し、さっと検索。用が終われば、スマホは手元に置き、元の会話に戻る。

夕食後は、30分から1時間程度、PC(ブラウザ)を使い、SNS・話題の動画やいつも見ているサイトをチェック。1時間後にはPC(ブラウザ)を閉じる。その後は、音楽を聴いてリラックスしながら、読書する。あるいは、英語や学校の勉強をする。分からない言葉が出てきたら、そのつどスマホで調べる。ついでだからといってSNS・BBSやポータルサイトは見ない。

消灯後は、スマホでアラームをセットしたら、それ以上は触らない。

ケース2:

「最近太ってきたなぁ。体重も増えてるし。卒業後はデスクワークばかりでスポーツしてないからなぁ。中高生時代は部活でサッカーに夢中になってたから、久しぶりにやってみるか」と思い立ち、住んでいる自治体のサイトにアクセス。サイト内の「市民向け情報」のページを開き、大人向けのサークルを探してみる。気になるものを見つけたら、さっそくコンタクトを取ってみる。

日によっては、ネットの利用時間が多くなることもあるが、全体的にはメリハリをつけてネットを使っているケースを想定している。

ネットで消耗している例

次に、ネットで消耗している例を挙げてみよう。

昼食は、向かいが壁の「ぼっち席」に座って、スマホを片手に食べる。*1 *2 ほぼ毎日こうである。「SNSには友達が1,000人いるぜ」といったところで、リアルでは一緒に昼食を取る人がいない。10メートル以内にいるかもしれない気が合う人とより、1,000キロも離れた見ず知らずの人との議論にいそしむ。それで「リア充がー」と言っているのであれば、非常に滑稽である。

夕食後はすぐに自室に戻り、日付が変わるまでひたすらネット。「そろそろ寝るか」と布団に入り、消灯した後も布団の中でスマホ。1時間ぐらいしてようやくスマホをやめる。(翌日が休みの場合は、明け方近くまでネットに夢中になっている)

何かに取り憑かれたかのように、暇さえあれば、スマホやPCとにらめっこして、ネットに没入している。「ネットはすごい!最高!」と言いながら、そのすごいネットでしていることが全然大したことじゃない

掲示板でどこの誰とも知らぬ相手と議論(という名の馴れ合い・罵倒合戦・揚げ足の取り合い)したり、Facebookで交流(という名のリア充自慢・見栄の張り合い・背伸び合戦)したり、正義の味方気取りで人様のSNSを炎上(という名のリンチ・憂さ晴らし)させたり、Twitterで延々と愚痴をこぼしたり、無尽蔵にある動画を見入っていたりしている。

権威ある大学教授が書いた専門書、有名な作家が書いた小説、ジャーナリストが綿密な取材と調査の末に書いた記事より、どこの馬の骨が書いたか分からない信憑性の怪しいサイトやコメントを斜め読みした程度で、世の中のことを理解したつもりになり、情報強者を気取る

こういう使い方が、ネットで消耗している典型例である。やめられないなら「ネット依存症」かもしれない。*3 *4

私のブログも「どこの馬の骨が書いたか分からないサイト」である。だからこそ、鵜呑みにせず、多種多様な本を読み、たくさんの人とふれあい、自身の目で見て経験してほしいと思う。

僕らはまだ、世界を1ミリも知らない

僕らはまだ、世界を1ミリも知らない

リアルを軽視することは、64kbpsのMP3の劣化音源で満足するのと一緒

ネットに過度に依存して、リアルを軽視している人は、64kbpsの圧縮された音源(CDの約20分の1)で満足している人と同じだと思う。安いイヤホンを耳に、騒音が飛び交う街中や電車内で聴くかぎり、64kbpsでも十分かもしれない。しかし、静かな場所で、専門のオーディオ機器で聴くと、音の劣化ははっきり分かる。

人間の脳は、私たちが思っている以上に性能が高い。誰かとコミュニケーションを取っているとき、相手の言っていることだけでなく、相手の表情、声のトーンやピッチ、ジェスチャー、周りの環境(風・騒音・温度・匂い・触感など)も無意識のうちに認識している。例えば、風が強く肌寒い日に、道路工事の音を耳にしながら、カフェでコーヒーを飲んでいたときに強い地震が来たとしよう。次に同じように、風が強く肌寒い日に、道路工事の音を耳にしながら、カフェでコーヒーを飲んでいたとすれば、「あぁ、あの時に…」とふと思い出す。デジャブと呼ばれるものだ。

ネット上のコミュニケーションは、圧縮音源のように、相手が「言っていること」(話を単純にテキスト化したもの)以外の要素をばっさり切り落としている。スタンプや顔文字があるといっても、そららはリアルを完全に補えるものではない。

ネット・バカ インターネットがわたしたちの脳にしていること

ネット・バカ インターネットがわたしたちの脳にしていること

「ネットリアルバランス」を取り、真の情報強者になろう

私は、何も「ネット=悪」と決めつけているわけではない。私自身、ネット歴が長い方(前世紀から)であり、ネットのメリット・デメリットを含めた特性をよく分かっている。

私のブログで常々言っている、ワークライフバランスが大切なように、オンラインとオフラインの双方の利点を理解し、それらをバランスよく使い分ける「ネットリアルバランス」が大切であると思っている。

自称・情報強者

自分こそ情報強者と信じ込み、ネットに否定的な人を「情弱」と蔑んだり、既存メディアをマスゴミと罵ったりする。「井の中の蛙大海を知らず」の蛙になっていることに気づいていない。(井ではなく壺、それもたこ壺といった方が適切かもしれない)

自称・情報強者

真の情報強者

ネットの良さ悪さを知り、過度に依存しない。ネットは、目的を達するための便利な道具という位置づけ。

真の情報強者

あなたは、上の図の「自称・情報強者」の方になっていやしないだろうか?

ネットを礼賛しているネット至上主義の人からすれば、信州大の学長の話も、このエントリーも耳に障るかもしれない。

最後に、アルバート・アインシュタインが言ったことを引用しよう。

アルバート・アインシュタインの警句

私は、テクノロジーが人間の交流を超える日を恐れている。世界は愚かな世代で満たされるようになるだろう。
アルバート・アインシュタイン

以下の本は、ネットのヘビーユーザーであり、ネットニュースの編集者である著者が、ネットについて記したものである。私も、彼の考え方にはおおむね同意する。

ウェブを炎上させるイタい人たち-面妖なネット原理主義者の「いなし方」 (宝島社新書 307)

ウェブを炎上させるイタい人たち-面妖なネット原理主義者の「いなし方」 (宝島社新書 307)

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©2017 だから僕は海外に出る、さあ君も by 佐野由自