日本は完全主義であると思う。1分の遅れも許されない電車のダイヤ、飲食チェーン店の非常に厳しい新人研修などを見ていると。わずかなミスさえ許さない日本の完全主義は度を超しており、それのおかげで多くの人が疲弊しているのではないかと思う。
わずか1分遅れでもお詫びが入る日本の鉄道
日本ほど鉄道ダイヤが正確な国はない。海外では、鉄道が時間通りに来ることは珍しい。ドイツやフランスのような真面目な先進国であっても、数分程度の遅れは当たり前。イタリアやスペインのようなのんびりした先進国にいたっては、数十分の遅れは当たり前。途上国であれば、数時間の遅れが日常茶飯事である。
日中は4分間隔で運行しているはずだが、待てど暮らせど電車が来ない。やっと来たと思ったら、ラッシュ並みの混雑。座りたかったので、次の電車を待つことにした。すると、1分後にガラガラの電車が来た。日本だったらありえないであろうそんなことを幾度と経験した。
外国人はそんな日本の鉄道の正確さに驚愕し、日本人はそんな日本の鉄道の正確さを自慢する。
しかし、である。海外の鉄道が「秒単位まで時間通りに運行させる能力がない」わけではない。「秒単位まで時間通りに運行させる必要がない」のである。
先進国であれば、日本並みに正確な鉄道運行システムを作る技術は十分に持っている。ただ、作らないだけだ。理由は簡単、そんなもの誰も求めていないから。日本から派遣された社畜駐在員は求めているだろうけど。(笑)
日本人はサイレントボンバー!?
うろ覚えであるが、ずっと前にニュースに取り上げられた話題を紹介しよう。
日本人観光客が海外のあるホテルに宿泊したとき、客室のシャワーからお湯が出なかった。その観光客は、ニコニコと満足げにホテルを後にしたため、そのホテルは問題はなく満足させることができたと判断した。帰国後に、レビューサイトに「あのホテルはお湯が出なかったあるまじきホテルだ。最悪!」といった投稿をした。ホテル側の反応は「すぐにフロントに言ってくれれば、別の部屋を用意したのに。日本人はサイレントボンバー(物言わぬ爆弾)だ。」といったものであった。
予想通りネットの反応は、「ホテルならあらかじめ水回りを確認して、そういうことがないようにするのが当然だろうが」との声が多数を占めた。確かに、一流ホテルであるならばそういうことはあってはならないことだ。しかし、一流ホテルでなければさほど珍しいことではない。
日本の過剰な完全主義が働く現場を疲弊させる
これらのことから見えてくることは何だろうか?それは、日本人が些細なミスすら許さない完全主義であるということだ。
物事を完全にこなすというのは、一見素晴らしいことのように見える。しかし、「百里を行く者は九十を半ばとす」ということわざがある通り、物事は終わりのわずかの部分に困難が多い。
例えば、鉄道でどうしても生じてしまう数分の遅れを、数秒の遅れまで縮めようとすれば、緻密なダイヤの作成、乗務員の訓練や遅れを取り戻すシステムの構築など様々な対応が必要になる。また、ホテルやレストランなどのサービス業において、完璧な接客をしようとすれば、マニュアル作りや従業員教育に相当な時間を要する。それらは全部コストである。莫大なコストをかけるほどに見合ったリターンがあるかと聞かれれば、多くの場合はノーである。海外では、客は、鉄道に秒単位の正確な運行を求めていないし、ファミレスに高級レストラン並の接客も求めていない。安全に関わる部分だけはしっかりとやってくれればそれでいいと思っている。
日本はそうではない。日本では完璧なサービスをさも当然のように求める。何らかのミスがあったら、それがどれだけ些細なものであっても、容赦なくクレームを付けたり、レビューサイトで低評価を付けたりする。
このしわ寄せは、そこで働いている従業員にくる。
鉄道会社に勤める男性です。
去年(2012年)2月、都内の駅で、改札を強引に通り抜けた客を呼び止めたときのことです。客は逆に怒りだし、誠意を見せろと要求。
真冬の路上で、20分にわたって土下座を強いられました。
鉄道会社の男性「間違ったことでも、お客さんが言えば、黒いものでも白だと。お客様は悪くないですよ、社員が悪いと終始していくので、謝るのがサービスのひとつになっている。」
客という立場を利用して、無理な要求を押しつけるケースは年々増え続けている、といいます。
鉄道会社の男性「駅員に対して罵詈雑言を吐いてもいい、という状況下がつくられている。そういう中で働いているので、逃げたいというのが、正直なところ。人間として仕事をさせてくれ。」
完全主義を見直さない限り、ワークライフバランスなんて夢のまた夢
海外では、連日定時退社・有給完全消化・風邪でも使える病気有給ありが当たり前で、日本では考えられないようなレベルのワークライフバランスが実現している。生産性が高いことも理由の1つだが、客の側が完全なサービスを求めないということも大きな要因を占めている。
完全主義にならないということは、手を抜くとか怠けるとかいうことではない。お互いに妥協するということだ。もちろん、人命がかかっていたり、高度な科学技術分野で誤差が許されなかったりするというような場面においては妥協はしない。
「何事も妥協せず完璧に仕上げるのが日本人のいいところじゃないか」と批判がされそうだが、病的なまでの完全主義は、社会全体をギスギスしたものにするだけである。数万円する高級レストランに高い接客レベルを求めるのは理にかなっているが、たかが数百円の牛丼屋にまで高い接客レベルを求めるのは間違っていると私は思う。
自分が働く側に回れば、わずかなミスや遅れすらも許してもらえず、ひたすら頭を下げたり、サービス残業や休日出勤をしてまで挽回したりしなければならないということだ。当然ストレスもたまってくるし、働く現場はどんどん疲弊していくことになる。果たしてそんな職場で良い仕事ができるのだろうか?(これを書いていると、平日深夜の下り電車の何とも言えない空気を思い出した)
「お客様を不快な気分にさせないように」と従業員に作り笑顔を強制するより、ワークライフバランスの実現によって自然に笑顔になるような職場にするほうが、多くの人にとって幸せな結果となる。
日本人が自らの完全主義を見直し、俺は客だぞクレーマー体質から抜け出さない限り、ワークライフバランスなんて夢のまた夢。日本人が自らの働き方のおかしさに気付く前に、進歩したテクノロジーによって仕事量そのものが減って、長時間労働がなくなっていくというのが先かもしれない。
質の高いサービスはいらないから、残業も休日出勤もしたくない人、黙って海外に出ましょう。
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