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だから僕は海外に出る、さあ君も

「日本って何か変だなぁ」という疑問を胸に、思い切って海外脱出した著者が、海外からの視点で日本の社会問題や海外脱出アドバイスを綴るブログ。日本の奴隷的な長時間労働にうんざりしている人、ナショナリズム台頭・人口減・財政難の日本の行く末を危惧している人、協調性という名の同調圧力に耐えられない人、とにかく自分の殻を破ろうと思っている人、そんなあなたに『海外に出ること』を選択肢の1つとして提案する。

だから僕は海外に出る、さあ君も - ニートのガラパゴス日本脱出日記

ガラパゴス化している日本の奴隷的な労働環境と保守的な社会構造に適応できずに海外脱出したニートが海外視点で綴るブログ

仕事なんかクソだろ? 就活やめて日本を出よう! 奴隷やめて海外に出よう! 語学を学び世界に出よう! 「仕事なんてクソだろ」が売り文句の「ニートの海外就職日記」に影響を受けた、あるニートのブログ

労働・サービス残業・ブラック企業・社畜・ワークライフバランス・海外脱出・日本脱出・英語・留学・人生・恋愛・政治・社会・日本・ニート・フリーター・貧困・ネット・IT

偏狭なナショナリズムと反知性主義の蔓延にみる日本の衰退

政治 社会問題
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偏狭なナショナリズムと反知性主義が、日本にはびこっている。

反知性主義とは?

「反知性主義」という言葉が取り沙汰されているが、辞書には載っていない。私なりに、反知性主義という言葉を辞書風に解説してみた。

はん-ちせいしゅぎ 【反知性主義】
実証性や客観性を軽んじ、自分にとって不都合なことや相違する意見を、排除もしくは軽視し、自分の理解したいように理解する態度。知性的な言動を嫌う考え方。

逆に、知性的な行動というものは、「疑うこと」であると私は思う。

物事に懐疑的になり、多種多様な文献を咀嚼し、自分なりの論理を構築していく。自分とは相違する意見を持つ者同士であっても、情理を尽くしていく—。

これが知性的な行動といえるだろう。反知性主義は、それとは反対で、客観的根拠の有無にかかわらず、自分の都合のよいことだけを受け入れ、都合の悪いことの一切を排除する様式である。

反知性主義と陰謀論—陰謀論を信じている人は信じることをやめない

反知性主義は、陰謀論と密接に結びつく。

日経サイエンスの2014年2月号に興味深い論文が掲載された。それによると、陰謀論を信じている人は、それがどれだけ荒唐無稽であっても信じることをやめないし、それが陰謀論であるという明確な客観的根拠を示したところで、「そんなものは捏造に決まっている」と決めつけ、それを頑なに受け入れようとしない。

ちなみに、この論文を執筆した人は、心理学者ではなく、気象学者である。彼は、地球温暖化にいくら警鐘を鳴らしても、多くの人が聞く耳を持たなかったので、人が陰謀論を信じるメカニズムを解明しようとしたのだという。

陰謀論は古今東西ある。

  • 「911はアメリカの自作自演だ」
  • 「アポロは本当は月へ行っていない」

といった世界的に有名なものから、

  • 「在日は生活保護を優先的に受給している」
  • 「中韓を除く世界中の国々が日本を絶賛している」
  • 「マスコミは左翼に乗っ取られ、反日プロパガンダに利用されている」

Hatespeech against Korea in Japanといった、保守派ネットユーザーを中心に語られるものまで数多い。

彼らに「それはちょっと違うんじゃないかな」と、少しでも彼らの主張に批判的になろうものなら、即座に在日・売国・反日・左翼とレッテルを貼られ、非難の嵐に見舞われる。彼らを擁護する者さえも、「さてはお前もあいつらの差し金だな」と決めつけられる始末である。

彼らは、ネット上の都合のいい情報だけを信じて、逆に都合の悪い情報は耳を塞ぐ。これこそが反知性主義の最たるものといえる。

ネット右翼の矛盾 憂国が招く「亡国」 (宝島社新書)

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「愛国」という名の偏狭ナショナリズムが蔓延する日本

愛国本かつては、ネット界隈の一部でしかなかった国粋主義や排外主義といった極度の保守的思想が、ネット上のみならず、リアルでも席巻し始めている。書店に足を運べば、日本を賞賛し、中韓を貶す「愛国本」(愛国ポルノ)が、専用コーナーまで設けられ、平積みされている。テレビでは、さすがに外国を貶める番組はないが、外国人が日本を絶賛する「愛国番組」が増えた。

視聴率が取れる、売れるというということに他ならない。なぜ、こういうことになったのだろうか?

厭世観が漂い、日本の行く末にも自分の将来にも明るい展望を見いだせない中、多くの日本人が、「虎の威を借る狐」になっているのではないか。

差別とは「国籍・人種・性別・出身などの本人の力ではどうしようもないことで、不利な扱いをすること」だが、その逆である。

過去の栄光、スポーツ・技術や科学における日本人の活躍や日本びいきの外国人による日本絶賛など、自分の努力とはまったく無関係なことを、自分も同じ日本人というだけで、まるで自分の努力の成果のごとく重ね合わせ、それで優越感に浸っている。

「オレは何の取り柄もない平凡な人間だけど、オレたちの国はすごい国だぜ」のように、「自分」ではなく、「自分“たち”」を心の拠り所にしているのだ。

「不都合な事実」を認めたくないがゆえ、自分を偽り続ける

このように考える人の多くは、こう思っているのではないか。

日本は、今も昔も、世界が尊敬する一流先進国である。日本人は、礼儀正しく、勤勉であり、民度も高い。これからも、そうでありつづけるだろう。いや、そうでなければならない。

しかし、

人口減・自治体消滅・生涯未婚・財政破綻・格差拡大・貧困 etc

—目を背けたい事実がある
—不都合な事実は認めたくない
—当たり前だったものを失うのが恐い

だから、認めない。理解したいように理解する。

莫大な富や力でほしいままに振る舞ってきた者たちは、それが失われる怖さも知っている。

※生まれたときからハイテク製品に囲まれて、何不自由なく育った私たちにも当てはまる。日本人は、世界的に見れば、極めて恵まれている。

—一攫千金を手にし、周りからチヤホヤされる。後先考えずに散財し、気が付けば元の木阿弥になっていた。でも、認めたくない。過去を忘れられない。だから、自分を偽り続ける。財産が底をつけば、借金をしてまで。

それに似ている。

以前、安倍首相が「日本を取り戻す」を選挙のスローガンにした。意味は「かつての繁栄を謳歌し、誰もが未来に希望を持てた頃の日本を取り戻す」だろう。そういう言葉が出てくるということは、今の日本が衰退していることの裏返しに他ならない。

経済がますますグローバル化していく中で、ことさら重要になってくるのは、客観性・多様性・寛容性である。偏狭なナショナリズムと反知性主義の蔓延は、日本をなおさら窮地に陥らせるだけである。

目を覚ましてほしいものだが、どうしようもないのだろうか。

日本最悪のシナリオ 9つの死角

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©2017 だから僕は海外に出る、さあ君も by 佐野由自