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だから僕は海外に出る、さあ君も

「日本って何か変だなぁ」という疑問を胸に、思い切って海外脱出した著者が、海外からの視点で日本の社会問題や海外脱出アドバイスを綴るブログ。日本の奴隷的な長時間労働にうんざりしている人、ナショナリズム台頭・人口減・財政難の日本の行く末を危惧している人、協調性という名の同調圧力に耐えられない人、とにかく自分の殻を破ろうと思っている人、そんなあなたに『海外に出ること』を選択肢の1つとして提案する。

だから僕は海外に出る、さあ君も - ニートのガラパゴス日本脱出日記

ガラパゴス化している日本の奴隷的な労働環境と保守的な社会構造に適応できずに海外脱出したニートが海外視点で綴るブログ

仕事なんかクソだろ? 就活やめて日本を出よう! 奴隷やめて海外に出よう! 語学を学び世界に出よう! 「仕事なんてクソだろ」が売り文句の「ニートの海外就職日記」に影響を受けた、あるニートのブログ

労働・サービス残業・ブラック企業・社畜・ワークライフバランス・海外脱出・日本脱出・英語・留学・人生・恋愛・政治・社会・日本・ニート・フリーター・貧困・ネット・IT

生きねば

人生 雑感

人生

鳥かごの中と外、あなたはどちらを選ぶだろうか?

今ほど、「生きる」ということが重要であるはずなのに、それが意識されていない、あるいは忘れかけられている時代はないのではと、ふと思った。今年最後の日は、より原始的な「生きる」を主題に書いてみる。

「生きること」が大変な時代に再びなりつつある

生きることの難易度は、生まれ育った国や時代、周辺環境など当人の力ではどうすることもできないによって大きく左右される。

80年〜100年前の日本に生まれたならば、生きること自体に相当な苦労が伴った。

戦争が終わり、日本が成長軌道に乗ったか乗ろうとしている頃に生まれた多くの人は、生きることはさほど労しなかった。スマホもコンビニもなく、今日ほどの便利さはなかったものの、周りと同じようにしているだけで、ベルトコンベアに乗っているかように、身の丈に合ったどこかの会社に就職でき、誰かと結婚できた。「一億総中流社会」と呼ばれた時代だ。その後に訪れるバブル期には、企業の方から就活生を海外旅行や温泉に連れて行ったそうである。

現在はどうだろうか?高度に発達したテクノロジーの恩恵を享受し、物質的には何不自由ない生活を送っている人が多い反面、生きづらい社会であると私は思う。

正社員になれなくてつらい。正社員だけど労働時間が長すぎてつらい。
結婚できなくてつらい。既婚だけど妻子とうまくいかなくてつらい。
中世で思考停止している警察・検察・裁判所に濡れ衣を着せられてつらい。
差別されていてつらい。差別せずにはいられない自分の状況がつらい。
奨学金(という名のローン)が返せなくてつらい。

問題点を挙げていけば枚挙に暇がない。

日本が抱える多くの問題点のうち、私のブログでは「働き方」に焦点を当てて、日本を批判してきた。

社会はあまり変わらなかった

「ブラック企業」という言葉が初めて登場したのは10年前にさかのぼる。海外ニートさん(シンガポールに海外就職したブロガー)が、「社畜」という言葉を連呼して一部ネット界隈で喝采を浴びたのも、かれこれ10年前だろう。

で、長時間労働は減ったのだろうか?ブラック企業は減ったのだろうか?

答えは否である。電通の事件を見る限り、とても減ったとは思えない。では、何が変わったのか?

「ブラック企業」という言葉が一般的になった。そこから派生して、ブラックバイトやブラック部活という言葉も登場した。一部で「脱社畜」がブームになった。

つまり、10年という歳月を経て、ようやく「日本の働き方は少しおかしいのではないか」ということが、世間に少しだけ認識されるようになったのだ。それでも、まだまだ抵抗を示す人が少なくない。中高年を中心に「働くことこそが人生だ」と考えている風潮は残っている。精神論・根性論も相変わらず幅をきかせている。脱社畜の流れは大いに結構なことだが、自分が働く立場にいる時はワークライフバランスを求めながら、金を払う立場になった途端に「俺は客だぞ」と言わんばかりに傲慢に振る舞うケースはさほど変わっていない。

10年間でこの程度だ。ゲーム、携帯電話やAIといったテクノロジーが、ここ10年で別次元の進歩を遂げたのとは裏腹に。

日本で真のワークライフバランスが定着するのは一体いつなのだろうか、と考えただけで気が遠くなる。

社会はあまり変わらないだろう

そんな中、安倍晋三首相は、一億総活躍社会を旗印に、「働き方改革を断行する」と宣言している。しかし、私は前途多難だと思っている。トップが「こうします」と言っただけで、立ちふさがる障害が自動的に取り除かれ、目標に向かって一直線に道が開かれるということはないからだ。

改革によって既得権益を失う人や集団の反対、時に身内である与党議員の反対もあるだろう。もし、数の力に物を言わせて強行採決を繰り返せば、国民の支持率は急落し、たちどころに死に体になってしまう。

※ 安倍晋三首相は狡猾なので、選挙までの期間を織り込みながら、強行採決と野党との融和を使い分けている。

説得し、説得し、説得し、譲歩し、説得し、譲歩しの繰り返しだ。1つ1つ問題を取り除いていかなければいけない。途方もない時間がかかる。

オバマ大統領の医療保険制度改革(オバマケア)は、アメリカでは画期的だといわれているが、成立に至るまでに紆余曲折があった。多くの先進国にとって当たり前な国民皆保険制度も、アメリカでは当たり前ではない。歴史的な経緯があるとはいえ、これができるまでに半世紀以上もかかった。(トランプ次期大統領は一部を除き撤廃を表明している)

※ アメリカの医療保険の問題点を詳しく知りたければ、マイケル・ムーア監督の「シッコ」(Sicko)というドキュメンタリー映画を見るとよい。

社会のあり方が10年、20年といった短期間で変わることはない。50年、100年といった非常に長い時間がかかる。その変わり方も、テクノロジーのような不可逆的な変わり方ではなく、3歩進んで2歩下がるような変わり方だ。そして、現在は後退局面にあるように思う。

以下のグラフは、日本の100年単位の人口推移である。人口が変化しているのは、何らかの大きな要因があることが見て取れる。グラフでは20世紀前半にわずかに減少しているが、原因はもちろん戦争である。これを見ていると、私たちは壮大な歴史のストリームの中を生きているんだなぁと実感する。(人口減が必ずしも後退とは限らない。現在の先進国においては、成熟したとも言える。ただ、日本の減少率の高さは問題だ)

日本の人口推移

それでも、生きねば

今よりもずっと生きることが大変だった時代、洋の東西を問わず、今以上に理不尽なことがたくさんあった。中世における魔女狩りや宗教裁判、近代のホロコーストなどだ。

私たちは、中世の魔女狩りを野蛮だと感じ、「そんな時代に生まれなくて良かった」と思っている。同様に、おそらく未来人も、私たちの今生きている社会のあり方を野蛮だと感じ、「そんな時代に生まれなくて良かった」と思うだろう。それでも、古い時代を生きる人たちは必死に生き、私たちの生きる世界の土台を築いた。同様に、今の時代においても、私たちは生きねばならない

私たち人類は、鳥かごの外を選んだのだから。

よいお年をお迎えください。

自己啓発書やネット上の成功談をマネてもおそらく成功しない

人生 ライフハック

自己啓発書

ネット上には多くの成功談やライフハックがあふれ、書店では数多くのビジネス書や自己啓発書が平積みされている。

  • 「ブログで月1万円稼ぐのは超簡単」
  • 「デキるビジネスパーソンがしている10の習慣」
  • 「年収1000万円を稼ぐ人間の仕事術」
  • 「モテ男が実践する8のテクニック」
  • 「男を落とす女子力アップのコツ7つ」

といった具合だ。

有料ネットサロンが軌道に乗っている人は、ネットサロンの良さを喧伝している。

地方移住がうまくいった人は、地方移住を推している。

海外脱出が功を奏した人は、海外脱出の良さをアピールしている。

大学中退で起業して成功した人は、大学なんて要らないと主張している。

成功談とまではいかなくても、自分がやってみてよかったことは他人にも勧めたいという気持ちは理解できる。

そんな他人の成功体験を真に受けて、自分も挑戦してみようとする人もいる。新しいことにチャレンジするのは悪いことではない。忘れるべきではないのは、成功者には何かしらのバックグラウンドがあったということだ。成功者の努力はもちろんのこと、時代、性格、人脈、容姿、才能、運、タイミング、様々なことが複合的かつ複雑に絡み合っていたということだ。そのことを抜きに、表面だけさらっと真似てもなかなか成功は難しい

ブログで月1万円を稼ぐことは……、難しい

「ブログで稼ぐ」を例にとってみよう。

月1万円を稼ごうとすれば、最低でも月間3万以上のアクセスが必要だ。簡単なように見えて、これがなかなか難しい。(まとめサイトのように、パクりまくれば不可能ではないかもしれないが)

ネットを見ていると、SNSや掲示板に投稿されているコメントの大半は、1・2行(100文字程度)と短い。テレビやニュースを見て、短い投稿をしている人が圧倒的だ。多くの人は学校を卒業してからは長い文章を書く機会はない。彼らが、1000文字以上のまとまった文章、それも結構な頻度で書くことができるだろうか。単に文章を書けばいいというだけではなく、読まれる文章、共感される文章を書く必要がある。

政治や社会について鋭い記事を書くならば、前提となる膨大な知識が必要だ。日頃からそれらに興味・関心があり、新聞・書籍で多くの情報に接していなければ、書くことは難しい。一般にアウトプットには、その100倍のインプットが必要であるとされている。(本1冊を書くには、本100冊は読む必要がある)

自分の体験や日常生活をネタにブログを書くならば、相当ユニークな経験をしていて、それを面白おかしく表現できなければ、多くの読者は得られない。多くの人は、有名人でもない見ず知らずの人のプライベートに興味は無いからだ。

他にも、ネタの収集力、ネットの動向を読み取る力、読者とのやり取り、SEOをはじめとするITに関する知識や多種多様なITツールを使いこなす力などが必要になってくる。

SEOやHTMLといったものは少し勉強すれば身につくが、総合的な文章力や知識といったものは、短期間で身につくものではない。

ブログは、稼ぐことではなく、書くことに意義があると思っているので、損得抜きでブログを作るのは私は賛成である。

地方移住は?

次に地方移住を取り上げてみよう。

地方移住の利点として、自然が豊か、物価が安い、食べ物がおいしそう、人が優しいといったことが挙げられる。しかし…、自然が豊かというのは、何もなく不便である。物価が安いというのは、よほど良い職に就かない限り賃金も安い。人が優しいとは、濃密な人付き合いが求められる。…ということである。便利だが、人付き合いが希薄な東京生活に慣れきった人が、一般的に言われている利点や、他人の成功談だけを頼りに、地方移住がすんなり成功するかと言われれば、疑問符が付く。さらに、移住先の住民が排他的であれば、努力したところで溶け込むことは難しい。地域社会に溶け込めないと孤立することになる。(人口減少社会の中、多くの自治体が定住を促進しているが、住民までが移住者歓迎だとは限らない)

移住に成功した人は、「選ぶ地域が悪い」「努力が足りない」と言うかもしれない。その裏には、良いことばかりではなく、その人ならではの事情や、苦労した点があったであろう。その人にとっては小さい問題でも、あなたにとっては大きな問題かもしれない。そういうドロドロした話は、表に出てこないことが多いのが現実だ。(パワハラまがいの嫌みな課長がいるなんて入社するまで分からないのと同じ)

ちなみに、海外脱出だが、当然向き不向きがある。このブログに共感できる人であれば向いているかもしれないが、「仕事=人生は正しい」「客は神様だ」という人には厳しいのではないかと思っている。(海外脱出の難点もそのうち書いていく予定だ)

万能感を捨て、等身大の自分と向き合うこと

自己啓発書や成功談は、その人だからこそ成功した、その時代だからこそ上手くいったということが少なくない。(もし、あなたが故スティーブ・ジョブズのマネをしても、「ただのイヤな奴」である)

だからといって、「何だ、やっぱりダメじゃん!」と最初から諦めてしまうと、何もできなくなってしまう。大切なことは、安易に尻馬に乗らず、世の中の動向と自分自身のパーソナリティーを上手く見極めた上で、自分がやりたいことと、(あまり背伸びせずに)自分に出来そうなことを折り合いをつけて、自分にとって少しでもプラスになる生き方を自分で見つけていくことではないかと思っている。(小中学生であれば「君には未知の無限の可能性がある」と言われて、夢に向かって一心不乱に努力するのもありだろうが)

やたらと煽って高額課金させようとするコンテンツなりセミナーなりがあるが、くれぐれもカモにはされないように。日本人は自己啓発とかライフハックとかが大好きなみたいなので。「あぁ、世の中は上手くいかないものなんだなぁ」ということを身をもって知るための授業料としてならありかもしれないが。

ちなみに、自己啓発書の類は、古典的なものを何冊が押さえておけば十分だろう。『人を動かす』『7つの習慣』など。

「自己啓発病」社会(祥伝社新書263)

「自己啓発病」社会(祥伝社新書263)

クリスマスに「リア充死ね」と言って心を閉ざしても幸せにはなれない

ガラパゴス化 恋愛・結婚 季節ネタ 雑感

クリスマス今日はクリスマスである。日本でクリスマス(イブ)と言えば、「カップルの日」というのが根付いているが、海外では家族と静かに過ごす日だ。イルミネーションで彩られたそれまでの華やかさと打って変わって、店もレストランも休み、鉄道やバスも止まり、街はゴーストタウンさながらの様相を呈する。日本の元日に近いかもしれない。ただ、家族であれ、恋人であれ、「大切な人(たち)と過ごす特別な日」という認識は共通する。

日本のクリスマスはLEDみたいだと、ふと思った。明るくて、きらびやかで、省エネなのに、暖かみがないところがLEDそっくりなのである。鮮やかなイルミネーションとは裏腹に、精神的な充足感や幸福感が得られていない人が非常に多く見受けられる。事実、この時期には「リア充死ね」「クリスマス終了」といった言葉がネット上で吹き荒れ、例年「クリスマス粉砕デモ」が行われる*1

※ 最近は、SNSでの過剰なリア充自慢投稿がうざいという向きもあるが、元来は、リア充でない人(非リア)が、リア充(友人や恋人に現実の世界の生活が充実している様をいう)に対する嫉妬心から生まれた言葉だ。

このことは、「リア充になりたい」という願望があるにもかかわらず、なれない人がいかに多いのかを物語っている。

日本では対人関係構築が難しい

これほどまでにリア充が疎まれているのは日本だけである。もちろん、海外にもモテる・モテない、友達が多い・少ないというのはある。しかし、日本のように「リア充」「便所飯」「お一人様」「ぼっち」「引きこもり」といった言葉が取り沙汰されるほど、孤独に悩んでいる人は多くはない。いたとしても、希有な例である。

※ 「ニート」(NEET)という言葉は英国生まれだが、就職の意思が無い無業者のことで、自分の殻に閉じこもっているという意味はない。「引きこもり」は"hikikomori"として、オックスフォード英語辞書にも掲載されている。

私がかなり以前、あるバイトに採用されたとき、初日は数時間のオリエンテーションであった。同日から勤務開始となる人が他にも2人いたのだが、私語禁止ではないにも関わらず、誰1人として会話を交えなかった。会社の担当者と必要最小限の会話をした程度だった。このことを外国人に話すと、目を丸くして驚いていた。海外では、エレベーターと乗り合わせた見知らぬ人とでさえ、世間話をすることは珍しくはない。それが当たり前の国の人にとっては、これは驚き以外の何物でもないのだ。

日本は、対人関係を構築することの難易度がずば抜けて高い。これには、日本の文化、時代背景や家庭環境などの要因がある。日本では自己責任論が強いが、全部が全部個人のせいではない。とは言っても、このままでいいはずがない。

あなたを必要としている人は必ずいるはず

あなたを必要としている人、あなたに興味を持っている人、あなたに好感を抱いている人は、あなたが想像している以上にいる。ところが、貝のように自分の殻に閉じこもっていると、せっかくのチャンスを自ら閉ざしていることになる。さらに、「誰も僕なんて…」「私なんか…」「リア充が」と卑屈になればなるほど、状況はますます悪化する。

店に例えてみよう。どれだけ店構えが立派でも、どれだけ商品が安くても、どれだけ品揃えが良くても、店の入り口に「CLOSED」(閉店中)という看板が垂れ下がっていると、客は入ってこない。入りたくても、入れないのだ。人間関係についても同じだ。あなたのことを「感じ良さそう」「誠実そうだ」と思って、仲良くなることを意図して近づいても、あなたが「CLOSED」と言わんばかりに心を閉ざしていると、相手は去ってしまう

ネットを使うと、自分と同じような境遇や価値観を持つ人と簡単に繋がる。残念ながら、ネットでは上向きの声よりも、下向きの声の方が大きい。(前回の記事参考) そのため、ネット特有の空気に呑まれる形で、下へ下へと向かっている現象が目に付く。そういう声に流されるべきではない。私は、そういうのは自分自身に対する呪いでもあると思う。

呪いの時代 (新潮文庫)

呪いの時代 (新潮文庫)

自分のパーソナリティを変えることは容易なことではないし、変える必要があるとも思わない。(シャイな人がイケイケな人になる必要はない) しかし、世の中に対する偏った見方、自身に対する卑下した見方を変えることはできるし、変えていく方が良い。どういうように変えるのか。

※ 日本という国では、同調圧力が強かったり、「異」に対する拒絶反応が強かったり、保守的な価値観が根強かったりするのは事実だ。それらが人の結びつきを阻害していることもある。だから、そういう環境になじめない人は、環境を変えることをお勧めしたい。転職、上京、地方移住、海外脱出…etc。

あなたは誰かを愛することができる。あなたを愛してくれる人もいる。

もし、誰かを愛するということが、何万人に1人という割合でないと成立しないほど確率が低いことであれば、人類はとっくに衰退している。

今の日本を見ていると、愛されること(経済的に成功したり、外見を磨いたりして、魅力的な人になること)ばかりが重んじられ、愛することが軽んじられているように思う。「誰も私なんかを愛してくれない」「こんな私を私も嫌い」「私はみんなが嫌い」「幸せそうな人が憎い」「リア充死ね」では、なかなか良い方向には向かない。

愛するということ

愛するということ

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©2017 だから僕は海外に出る、さあ君も by 佐野由自